「20年に一度のご遷宮」に沸く伊勢神宮は今、空前の参拝ブーム。だがテレビ番組やガイドブックの情報には実にいいかげんなものも多い。鵜呑みにすると地元住民にバカにされて恥をかくうえに、ご利益すら得られなくなるというから大変である。ではどうするか。本誌が「正しいご利益参拝ルール」を教えよう。
今年10月、伊勢神宮(以下「神宮」)の遷宮行事がいよいよクライマックスを迎える。10月2日と5日の「遷御の儀」がそれだ。遷御とは「神の引っ越し」。高貴な神の魂を、建て替えたばかりの新しい神殿に遷〈うつ〉す、20年に一度の希少な儀式である。
「行くなら、今でしょ!」とばかり、伊勢報道が過熱しているのはこのためだ。ちまたには伊勢参りのガイドブックがあふれ、歴史、参拝手順からパワースポット、地元グルメに至るまで、さまざまな情報が掲載されているのはご存じだろう。
だが、ちょっと待った。
「新しいお伊勢参り」(講談社)を上梓したばかりの神社研究家・井上宏生氏は「ガイドブックは間違いだらけ。慌てて行く必要はまったくない」と言うのだ。
「今月行われるのは、天皇家の祖先とされる皇祖神・天照大神〈あまてらすおおみかみ〉と、天照大神の食事番で生産をつかさどる豊受大神〈とようけのおおみかみ〉の引っ越しです。両神は神宮のツートップだから、重要な神事には違いない。ただ、一般参詣〈さんけい〉者がこの儀式に参加できるわけではない。テレビで見たからと衝動的に出かけても、何も得られません。神様のパワーをもらうどころか、むしろ人ごみに揉まれ、疲れきってしまうのがオチです」
メディアはこぞって内宮〈ないくう〉・外宮〈げくう〉の遷御の儀がある年に行くよう促しているが、まずそこに誤解があるという。そもそも神宮の遷宮はこの10月で完結するわけではなく、来年以降も続く。その証拠に、神宮では今回の式年遷宮のための寄付金を今年末まで受け付けている。神宮には内宮、外宮に加え、別宮や摂末社などを合わせると125もあるのだ。井上氏が続ける。
「私自身、雑誌で神社特集の監修を任されることがありますが、メディアは『今行くべき理由』をこじつけて紹介する傾向がある。『遷御の儀』の前には『古い社殿とはこれでお別れ』『これで見納め』というフレーズで引き付け、『旧社殿と真新しい社殿が並んでいるのは今だけ』と締めくくる。実際、行けば確かに珍しいものを見た気になりますが、ご利益が2倍になるわけではない。そして『遷御の儀』が終われば『新しいお宮に遷った神様のみずみずしいパワーを存分にいただきましょう』とあおります。しかしそれはメディアの都合であり、もっと言えば旅行会社や鉄道会社のキャンペーンの一環にすぎません」
遷宮の年に行ったほうが神様のパワーが強いなどということは一切ないのだ。むしろ1300年続いた神宮の歴史に敬意を表するなら、来年以降に行くべき。伊勢参りは本来、遷御の翌年のほうがご利益があると信じられているからだ。
遷宮の翌年は「おかげ年」と呼ばれ、江戸時代にも伊勢参りの爆発的ブームが何度か起きているが、記録に残っているのはいずれも遷宮年の翌年か翌々年。
「神を祀〈まつ〉る神殿を建て替え、新しい住居に神の魂を遷すことで、その力を再生させるのが遷宮の目的です。主祭神の魂が再生されても、それは神宮全体の数%。内宮と外宮にゆかりの深い周囲の神様の引っ越しを待ち、さらに次々とパワーを増していくのを待ち、満を持してお参りするほうがご利益が増す、と考えられたのでしょう」