70年代後半から80年代前半にかけ、日本でも禁断の「ハードコア映画」が敢然と制作された時期があった。76年に大島渚監督が「愛のコリーダ」を、続いて78年に「愛の亡霊」を、いずれも日仏合作の形で撮った。映画ライターの松井修氏が解説する。
「藤竜也や吉行和子ら一流の俳優を使って撮影しました。ただし、日本では昔も今もノーカット版は許されていません。フランスなど海外のみ完全版での公開でした」
そして性表現にこだわりを持つ武智鉄二監督が、81年に手掛けたのが「白日夢」だ。ヒロインに抜擢されたのは愛染恭子で、その時の様子をこう語った。
「出演が決まっていた女優さんがいたものの、ハードコア作品と聞いた時点で降りたそうなんです。それでたまたま私の『平凡パンチ』のグラビアを見た武智鉄二監督がオファーをしてくださいました。初対面の打ち合わせで『ハードコア』と聞かされましたが、なんとなく艶っぽいものだということはわかったものの、22歳の私に全貌はわからず『大人って怪しいことをする時、なぜ横文字を使いたがるんだろう』と。何度も『必ず有名になります』と言われたのが印象的でした」
実は撮影まで1年近く、日舞やヨガを習う時間も用意してくれたという。そして、衝撃の作品は完成した─。1月11日発売の「週刊アサヒ芸能」1月20日号では、ほかにも「限界に挑んだ」映画人たちの奮闘がくまなく活写されており、熱烈ファンにはたまらない内容となっている。