放射能でノイローゼ気味になってしまった妻を持て余した埼玉県在住の桜木淳史さん(45)=仮名=は、大学の理学部で原子力を教える教員であったというから、何とも皮肉である。
妻とは少々金銭感覚が異なったり、妻の実家と折り合いが悪かったりという問題があるとはいえ、決定的な確執にはなっていなかった。
だが、震災直後から妻の様子がおかしくなった。子供が4歳ということもあって、放射能に過剰に反応した。放射能について調べるため、一日中「ネットサーフィン」をしていたと思ったら、気分が悪くなり、そのまま寝込んでしまうことも。桜木さんが、「心配ない」と何度も言い聞かせたが、過激になる一方で、
「早く西へ逃げないと」
と夫を責めたてた。さらに家庭のことをそっちのけで反原発の集会に参加したり、NPOのボランティアを手伝ったため、家の中はメチャクチャ。夫婦関係は冷え込むばかりだった。やがて、生活費から夫に無断で30万円も引き出してガイガーカウンターを購入。桜木さんが、
「ガイガーカウンターは大学にあるんだから、買う必要がない」
と言ったところ大喧嘩に発展。そればかりか、西日本産の野菜を20万円分買いだめしていたことが発覚、桜木さんがたしなめると家を飛び出したのだ。
そんな妻から離婚調停の申し立てがあったのは一昨年3月。一方的な申し立てだったが、結局は離婚に応じることにした。妻が福岡にいることがわかったのは昨年8月のことである。
桜木さんがこう話す。
「絆の重要性を再認識したという美談が多いですが、本当にそれだけでしょうか。震災の経験は誰との絆が本当に大事なのかを再認識するいい機会になりました。妻とは遅かれ早かれ離婚することになったのではないか。震災が(離婚に)背中を押してくれたのではないか。震災をきっかけに絆の整理ができました」
また、震災前から仕事が長続きせず、転職を繰り返す夫に男として幻滅していた、というのは関東地方に住む佳代子さん(35)=仮名=だ。震災後、夫の言動はあまりに大げさだった。食料品を買い占め、ネット情報に躍らされて放射能対策のためうがい薬を頻繁に服用した。
家に閉じこもりがちになり、その一方で電気はつけ放題。自分さえよければそれでいい。そんな夫を見て、
「この人と一緒にいたら、子供も自己チューな人間になってしまう‥‥」
そう思った佳代子さんは離婚を決意したのだった。
最後に露木氏が言う。
「離婚は結婚の7倍大変だとも言われるだけに、震災を機に離婚を考えるようになったカップルは皆さん、たいへん苦しんでいます。最後は夫婦間の信頼の有無が明暗を左右する、ということに尽きますね」
3年が経過した今も、あの大震災は人々の心や家族の日常を、かくもさまざまな形でかき乱しているのだ。