「『耳にタコ』をもじって『ミニにタコができる』っていう(ギャグ映像を)撮りたいなと思って…」
2000年9月24日、東急東横線の都立大学駅構内で女性の肌着を盗み撮りしたことが発覚し、10日後に会見を開いた田代の口から飛び出したのが、今も伝説となるこの発言だった。
とはいえ、誰が聞いても苦しいこの言い訳に、世間の反応は冷ややかだった。田代には罰金5万円という略式命令が下り、芸能活動を一時休止。しかし、志村けんらの働きかけにより、翌01年には「ダウンタウンDX」などに出演。なんとか芸能界に復帰することになる。
ところが、この「耳タコ」事件は、単なる序章に過ぎなかった。翌01年12月9日、田代は自宅近所にある男性宅の風呂を盗み見、軽犯罪法違反容疑の現行犯で逮捕。さらに、自宅から「白い粉」が見つかり、再逮捕されることに。
02年2月1日。私は田代の初公判を傍聴するため、東京・霞が関にある東京地裁にいた。出廷した田代はトレードマークのひげをそり落とし、少しふっくらしているように見えた。
検察側の冒頭陳述によれば、田代はテレビ番組出演時、常にハイテンションを維持しなければ仕事がなくなると考え、薬物に手を染めるように。「平成13年夏頃には、その頻度は2~3日に1回にまで達していた」という。うなだれる田代の前、証言台に立った実妹はこう語った。
「(義姉は)今も人目が怖くて外にも出られないから、子供を守るだけで精いっぱいで…。兄がどうか普通の生活に戻れるよう、手を貸してあげて下さい。お願いです! 助けて下さい!」
妹の涙ながらの言葉に、唇をぐっと噛みしめる田代。そして公判中に読み上げられたのが、妻に宛てたこんな手紙だった。
「僕は2度にわたり、あなたを悲しませてしまいました。本当に今は、その愚かさを反省しています。そんな僕ですが、君の笑顔を取り戻す努力をしていいですか」
妻の両親は娘に離婚を勧め、法廷でもその厳しい視線が田代に突き刺さる。
「あなたには高校2年の息子さんと、小学校6年のお嬢さんがいますよね」
弁護士にそう聞かれた田代は、
「子供のためは離婚したほうがいいと…。妻からそうしてほしいと言われたら、そうしてあげたい。僕にとっても、子供は宝ですから…」
そして、最後に語ったのが、こんな言葉だった。
「100%ダメだと思いますが、もう一度だけ芸能界に戻りたい。それが本当の気持ちです」。
だが、そんな言葉も空しく、田代はその後3回にわたり、薬物で逮捕され、近年では2020年3月、懲役2年6月(うち6か月は保護観察付き執行猶予2年)の実刑判決を受けた。
そんな彼の人生の歯車を狂わせた第一歩が、「耳タコ」事件だったのである。
山川敦司(やまかわ・あつし):1962年生まれ。テレビ制作会社を経て「女性自身」記者に。その後「週刊女性」「女性セブン」記者を経てフリーランスに。芸能、事件、皇室等、これまで8000以上の記者会見を取材した。「東方神起の涙」「ユノの流儀」(共にイースト・プレス)「幸せのきずな」(リーブル出版)ほか、著書多数。