東京都の新被害想定によれば、都心南部直下地震で停電などが発生した場合の「閉じ込め」につながり得るエレベーターの予測停止台数は2万2426台(区部2万0414台、多摩2012台)。その上で、都の防災会議は「電力が復旧しても、保守業者による点検が終了するまではエレベーターが使用できないため、復旧が長期化する可能性」を指摘している。
だが、長年にわたり減災対策に携わってきた都の元防災担当幹部は、
「まさに御用学者と役人らによる、無責任作文の典型例」
と一刀両断し、恐ろしい現実について語るのだ。
「まず、エレベーターの停止から電力の復旧までに起こり得ることが、スッポリと抜け落ちています。例えば、防災会議が指摘するように、復旧が長期化したケースだけを考えても、エレベーターに閉じ込められた人々の中から、多くの死者が出るはずです。しかも、復旧がどれくらい長期化するのかについても、全く書かれていません。そもそも、2万台を超えるエレベーターの予測停止台数に対して、保守業者の数が圧倒的に不足している現実に加え、その保守業者の多くも被災して動けなくなる。事実上、救助の手はほとんど差し伸べられないと考えなければならないのです」
それだけではない。実際にはエレベーターが設置されている建物の多くが、無事ではあり得ないというのだ。元防災担当幹部が続ける。
「震度6強以上の猛烈な揺れに襲われるエリア(区部の約6割)では、旧耐震基準ビルにあるエレベーターのほとんどが、躯体もろとも崩れ落ちます。同じことは、長周期パルスや側方流動などで倒壊する、最新鋭の高層ビルや免震ビルでも起こるでしょう(6月12日、16日、22日配信の当連載を参照)。仮にビルが倒壊を免れたとしても、躯体が損傷を受けてビルが大きく傾いたり、エレベーターの構造物が損壊した場合には、迅速な救助はさらに絶望的となって、多くの人々が見殺しにされるのです。場合によっては、安全装置が破壊されてエレベーターが落下する、という究極の事態も起こり得るでしょう」
コトは「電力の復旧」を待つどころの話ではないのだ。
(森省歩)
ジャーナリスト、ノンフィクション作家。1961年、北海道生まれ。慶應義塾大学文学部卒。出版社勤務後、1992年に独立。月刊誌や週刊誌を中心に政治、経済、社会など幅広いテーマで記事を発表しているが、2012年の大腸ガン手術後は、医療記事も精力的に手がけている。著書は「田中角栄に消えた闇ガネ」(講談社)、「鳩山由紀夫と鳩山家四代」(中公新書ラクレ)、「ドキュメント自殺」(KKベストセラーズ)など。