10月31日。真夜中、ジュテの声が聞こえたと思って1階に降りて行き、和室の押入を見ると、押入の前に置いた椅子の上にいたはずの弟猫ガトーが、ジュテの前に座っていた。ジュテは表情が乏しく、固まっている気がしたが、2匹ともこちらを見ている。兄弟で何かを訴えたいのだろうか。ガトーはそのうち、椅子に戻って寝てしまったが。
仮眠して5時、再び和室に行くと、これまで我々がジュテのそばにいる時は姿をほとんど見せなかった、末弟のクールボーイがいるではないか。近づくと、クールはわずかに後ずさりした。
「お前も心配なのか」
7時、また見に行くと、ガトーもクールもいる。ジュテは後ろ向きのまま。ジュテにはタオルケットをかける。
10時。ゆっちゃんとジュテの様子を確認。大きく呼吸しているのがわかった。顔を見合わせるのも辛い。
ゆっちゃんは前日、夜10時頃にお風呂に入ったのだが、突然、大きな音がしたので何かと思ったら、叫ぶような嗚咽だった。一緒に過ごす時間が限られている。もういたたまれないのだ。
そう思ってテレビを見ていたら、涙目になった。親が亡くなった時でも、こんな気持ちにはならなかったのだが。何に気持ちがゆり動かされているのか、もはや自分でもわからない。だが、目の前のジュテを見て、お互いにいよいよ覚悟しなければならないことだけは理解していたと思う。
「やっぱり、酸素室に連れて行こう」
そっと抱き上げ、静かに酸素室に入れてあげた。しかし、居心地が悪いらしい。すぐに出て、リビングの椅子に前足をかけてから飛び乗った。力を振り絞っている感じだ。
「抱っこしよう」
これが最後の抱っこかもしれないと思った。ゆっちゃんに言って、酸素マスクをつないでもらい、口元にあててみる。ゴホッ、ゴホッと鈍い咳。お腹も大きく動く。水分補給と思って、指を水に浸して唇を濡らしたが、ジュテは顔を背けてしまった。
ぐったりしている気がしたので、どうしようか。とりあえず、苦しがっても酸素室がいいのではと思い、そっと入れて、安眠できるように周囲をタオルケットで暗くしてみた。
こうなったら、この日は日曜で休診だが、動物病院に連絡して相談してみるしかない。だが、留守電になって出ない。
ダメもとで行ってみよう。動物病院の前に行くと灯りがついているので、トントンとドアを叩く。まるで夜中、病院に駆けつける、昭和のドラマのワンシーンだ。すると、アキコ先生が顔を出して、ビックリしている。
「どうしました?」
「どうも…」
「水分は摂れてますか」
「ほとんど…」
「補液の注入の仕方を覚えておけばよかったですね」
そう言うと、「皮下補液の手順」という説明書を取り出して、教えてくれた。
補液剤を37度か38度に温め、シリングに補液を吸い取っていく。シリングに翼状の針をつけ、針先まで液を出して刺す準備をする。猫の背中の注射部位を決めて、アルコールの綿で消毒する。猫の皮膚を軽くつまんで翼状の針を刺し、シリングの液をゆっくり注入する(シリングに液を継ぎ足し、注入する際は空気を入れないように注意する)。終わったら針を抜き、注射部位を揉みほぐす。
家に戻って、ゆっちゃんとさっそくやってみた。最も難しかったのは、38度という温度。温度計がとっさには見つからず、「人肌よりちょっと熱いくらいということだよね」とゆっちゃんが言う。それを目安にやってみるしかない。そして慣れないながらも、なんとかやってみた。
これなら温度計を買ってきて訓練すれば、自宅でもできそうだ。毎回、病院まで行かなくてもいいように、やはりもっと早く習っておけばよかった。
ジュテはやや顔つきが元気そうで、押入で休んでいる。その日、ガトーとクールは付きっきりだった。
(峯田淳/コラムニスト)