平成の将棋界で一時代を築いたレジェンドが再び檜舞台に立つ。待ち受けるのは、通算勝率8割超えの“AIの申し子”だ。昨年度の低迷期から見事なV字回復を果たした“天才中年”は、時代の波に抗う戦型を駆使する。苦悩の末に導き出されたタイトル奪還のための究極の1手とは──。
14勝24敗──。これがあの天才・羽生善治(52)の昨年度の年間成績とは誰が信じようか。
85年に中学生でプロ棋士となり、89年に「竜王」のタイトルを初戴冠するや96年には当時の全7タイトルを一挙独占。17年には将棋界初の「永世七冠」を達成する金字塔も打ち立てた。ところが昨年度、思いがけず棋士人生の岐路に直面することになる。将棋ライターが羽生の低迷を振り返る。
「プロ棋士生活37年目で初の負け越しとなりました。同時に、将棋界の頂点とされるタイトル『名人』への挑戦者を決める順位戦でも2勝7敗の体たらく。名人9期を含めて29期在籍した、定員わずか10名のトップリーグ『A級』から1つ下の『B級1組』に降格した。過去には、同世代の森内俊之(52)をはじめA級陥落をきっかけに『フリークラス』に転籍して、順位戦から“引退する”名人経験者もいた。それだけに羽生さんも『同じ道を歩むのか‥‥』と進退が注目されるようになりました」
誰もが一時代の終焉を悟ったことだろう。しかし「十九世名人」の資格を持つ、羽生が選んだのは再び這い上がる道だった。
残念ながら、順位戦こそ3勝5敗でさらなる降級争いの渦中にいるが、今年度の全対局成績に目を移せば21勝11敗と大きく勝ち越している。
その復活ぶりを象徴するのが、9~11月の間で開催された「第72期ALSOK杯王将戦挑戦者決定リーグ戦」に他ならない。
なんと総当たり6戦を全勝して、自身の最年長記録を9歳更新し、約2年ぶりとなるタイトル挑戦権を獲得したのである。同世代の復活快進撃に屋敷伸之九段も賛辞の声を上げる。
「毎年、7人中下位3人が陥落するリーグ戦です。タイトルホルダーの渡辺明名人(38)や永瀬拓矢王座(30)ら、強者たちとのバトルロイヤルは残留するだけでも至難を極めます。そこで全勝できたのは非常に価値が高い。全体を通してどの将棋もうまく指されていた印象です」
中でも、6局中2局で炸裂した「横歩取り」という戦型が台風の目となった。将棋ライターが続ける。
「10月14日の近藤誠也七段(26)との対局、続く千日手にもつれ込んだ26日の渡辺名人との対局で後手番の羽生さんが誘導しました。まず、近藤さんとは『ひねり飛車』の展開で激しい合戦模様。中盤まで互角の様相でしたが、終盤にかけて羽生さんのペースに引き込みました。そして、差し戻しとなった渡辺名人との対局でも、主導権を握ったのは羽生さんのほう。感想戦で戦型選択について『その時の気分で‥‥』と明かしていましたが、名人は術中に『ハメられた』と言わんばかりに焦りの表情を隠せずにいました」
相手に仕掛けられた先手番の3局を含めて、今年度、横歩取りを繰り出した全13局で9勝。実に白星の40%以上を占める、先手必勝の十八番なのである。