16歳のアイドルがみずから命を絶ってから5年が過ぎようとしている。農業発信ガールズユニットのメンバーを「グループを辞めるならば1億円払え」と追い込んだ“パワハラ社長”の存在は多くの人の記憶に新しい。だが‥‥。遺族と所属事務所との間で争われた裁判が明らかにしたのは、そのイメージを覆す正反対の判決だったのだ。
5年前に起きた愛媛県の農業アイドルグループ「愛の葉Girls」のメンバーだった大本萌景さん(当時16歳)の自死。この事件を巡る民事訴訟のひとつが、2月28日に東京地裁で判決を迎えた。
言い渡された内容は、原告のアイドルグループをマネジメントしていたHプロジェクト株式会社(Hプロ)とHプロ社長である佐々木貴浩氏に対して、被告である萌景さんの遺族と代理人弁護士5人らが連帯して計550万円を支払えというもの。また遺族と弁護士のツイッターでの発言についても、あわせて17万円の損害賠償を認めたのだ。
18年の出来事を記憶している人ならば、「原告と被告が逆じゃないのか」と思われたことだろう。遺族側が提訴時に開いた会見に比して、その後の裁判が報じられることは少なかったのだから無理もない。まずは「これまでの裁判経過」を読んでいただきたい。
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■これまでの裁判経過
18年3月21日:愛媛県松山市の自宅で大本萌景さんが遺体となって見つかる。
18年5月:文春オンラインで萌景さんの母親が自殺の理由を所属事務所のパワハラにあると告白。
18年10月12日:萌景さんの遺族が自殺は所属事務所のパワハラや過重労働などが原因として約9200万円の損害賠償を求めて提訴(第1訴訟)。この前日に弁護団とともに会見を開く。その後、グループの移籍先事務所と遺族との間に第2訴訟もあったが、両者が訴えを取り下げて、第2訴訟は終結している。
19年7月2日:遺族側は所属事務所に対して未払い賃金請求訴訟(第3訴訟)を起こす。22年9月に最高裁が上告を棄却して、遺族側の請求棄却が確定。
19年10月11日:所属事務所と同社社長が第1訴訟提訴時の会見で虚偽の内容を流布され損害を被ったとして遺族と遺族側弁護団らに約3600万円の賠償を求めて提訴(第4訴訟)。
22年6月9日:東京地裁が第1訴訟の遺族側の請求を棄却。
22年12月21日:東京高裁が第1訴訟の控訴を棄却。上告がなかったため、遺族側の請求棄却が確定。
23年2月28日:東京地裁が第4訴訟の判決を下す。
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佐々木氏とHプロが関連した訴訟は、一部勝訴も含め全勝なのだ。特に第1訴訟で大々的に報じられた遺族側主張はことごとく退けられた。Hプロが萌景さんに課したとされた過重労働、従業員によるパワハラ、萌景さんの高校入学資金貸付をHプロが直前に撤回したこと、そして佐々木氏の「1億円払え」発言、そのいずれもが「事実とは言えない」と判断されている。
冒頭の判決が出た第4訴訟でも、異例なことに裁判長は遺族側弁護士の会見時の発言の名誉棄損を認め、
「しばしば断定的な表現が用いられ、一般の読者の普通の注意と読み方とを基準とすると、一方当事者の主張として紹介されているのではなく、あたかも裏付けがある客観的事実であるかのように受け取られる体裁となっていた」
このように、広報活動での発言がHプロの社会的信用を低下させたと指摘した。判決後の会見で佐々木氏の代理人である渥美陽子弁護士は、
「こちらの主張が一部認められなかったが、これまでの裁判例からすると、一般人の名誉棄損としては高額な賠償金が認められた」
と判決を評価したが、認めらなかった主張については控訴を検討中だという。隣席に着いた佐々木氏の表情は晴れ晴れしているようには見えなかった。実際、現在の心境を問われると、「複雑の一言」と答えている。自身への疑いが晴れたことに安心はしているが、萌景さんの周囲にいた大人の1人として守ってあげられなかったことへの後悔が先に立つという。また、自身の今後についても、
「失われた5年間をどうやって生かしたらいいのか。やるべきことはあるのですが、今の私は経済的な力を失ったままですから‥‥」
と不安を口にしている。そう、佐々木氏が失ったのは、5年という時間以上に大きなものだったのだ。