裁判の行方も注目されることになるだろうが、実はその陰で、大きな問題が起きていた。証券取引等監視委員会SESCから取調べを受けていたSMBC日興証券のベテラントレーダーが、その最中に急死したのである。
このことは昨年3月に外資系経済新聞「フィナンシャル・タイムズ」で少し報じられているが、日本の報道機関では全く触れられていない。一体、事実はどのようなものだったのだろうか。口の重いSMBC日興証券の関係者から、どうにか話を聞くことができた。
「亡くなったのは本社エクイティ本部の課長を務めていたNさんです。50代半ばで、10年ほど前に他の外資系証券会社からヘッドハンティングされて、現職に就いていました。日本の中学・高校はアメリカンスクールに通い、アメリカの大学を卒業していますので、英語はネイティブでした。明るい性格でお喋りも好きという、有能な方です」
同僚のひとりはN氏のことを、そう評した。
2021年6月初旬にSMBC日興証券本社に対し、SESCまたはSECと称する証券取引等監視委員会の職員約40人が家宅捜索に入り、ファックスやメール、資料等を押収すると同時に、関係者への事情聴取が始まった。インサイダー取引や企業の不正会計を防止する目的で、アメリカに倣って1992年に発足したSESCは金融庁の機関であり、任意調査を行う権限を有している。だが逮捕や起訴の権限はなく、検察に任せる形式となっている。
これは国税の査察と似たような機関であろう。今回の件でもSESCが事件を調べた後で東京地検特捜部が引き継ぎ、逮捕・起訴している。
SMBC日興証券の担当部署の社員たち何十人かは、毎日のように東京・霞が関の金融庁にあるSESCの取調室に呼ばれたという。その様子を、先のN氏の同僚が証言する。
「6畳ぐらいの小さな部屋に、担当官と記録を残す書記官がいました。何を犯罪としようとしているのか目的を明らかにしなかったので、戸惑ったことを覚えています。家宅捜索に入ったものの、相場操縦の証拠を見つけられなくて焦っていたのだと、今では想像できます。上からの指令も何もなかったんですから、証言なんてできませんでした。しかし、目を三角にした取調官は非常に高圧的な態度で、机をバンバン叩きながら『このことを認めろ』とか『こっちはもう調べがついているんだから、嘘をつくな』という調子で攻めてきましたね」
同僚の中には、13時間ぶっ通しで事情聴取を受けた者もいたという。再び同僚の話。
「Nさんは幹部ですから連日、事情聴取を受けていました。自宅にも家宅捜索が入り、家族の電子機器も押収されてしまったと、こぼしていました。トレーダーというのは知的職業でして、切った張ったの任侠の世界とは全く違っていますので、取調官の高圧的で恫喝まがいの事情聴取が相当なストレスになったことは、容易に想像できます。ただし、SESCはどの社員を呼んでいるのかを明らかにせず、社員同士がこの件で口裏を合わせないようにと釘を刺していたので、我々はそれに従っていただけでした」
別のトレーダーも、次のように証言する。
「任意の事情聴取なのに、半ば強制的な取調べでした。弁護士に相談することも許されず、机を叩きまくって怒鳴るという恫喝的なものでしたね。精神的に追い詰めていくやり方だと内心思っていましたが、言質を取られたら大変だと、耐えていました。取調官が調書を作成して『これにサインしろ』と日を改めて何度か言われましたが、サインしたらおしまいだと思って、絶対にしませんでした。『サインもできないのか、この嘘つきが…』と人格を否定する罵詈雑言に耐えるというのは、相当に大変なことです」
何度も事情聴取を受けていたN氏は6月下旬、帰宅すると「頭が痛い」と家人に訴え、救急車で病院に搬送された。しかし意識が混濁し、2日後に急死したのである。死因は脳出血からの脳血栓とされているが、その原因が連日の事情聴取によるストレスであると、同僚たちやN氏の家族も思っているようだ。
SESC側は事情聴取が死の引き金であったことなど認めないだろうが、ここに大きな問題がある。法律違反でないなら、取調べの様子を録画したり録音したものを明らかにすればいいことである。警察も検察も、現在は取調べの様子を可視化すると定めているが、SESCにはその規定がない。信じられない事実が壁になっているのだ。
「SESCの取調べに可視化の規定がないというのは、記者の間でも問題になっていますが、大きな記事になったことはありません」(全国紙司法担当記者)
正当な取調べをしているなら、その様子を記録しておいた方がSESCのためにもなることは、明白であろう。
この件について、N氏の家族はまだ何も語っていない。