11月30日に静岡県裾野市の「さくら保育園」で1歳児を宙吊りにする、叩く、ズボンを脱がせる、閉じ込める…というおぞましい虐待が明るみになったのをキッカケに、全国の保育園や病院、刑務所での「暴行」「虐待死」が次々と明らかになっている。
東京五輪をめぐる汚職事件でも大会組織委員会元理事の高橋治之被告=受託収賄罪で起訴=に便宜供与を見込んで金銭を贈ったとされる贈賄側の企業4社の公判が東京地裁で始まった。もし自分の勤め先で暴力、パワハラ、不正強要などの犯罪行為を目撃したら、あなたはどんな行動を取るだろうか。
そこで重くのしかかるのが、入社時あるいは入職時に書かされた「守秘義務をめぐる誓約書」の存在だ。内部告発をしたことで、逆にブラック勤務先に「契約違反」として逆ギレされ、訴えられないか不安に思うのも当然だろう。
入社時、入職時の「誓約書の効力」について、弁護士・法律相談のポータルサイト「弁護士ドットコム」株式会社の田上嘉一取締役・弁護士に尋ねた。詳しい各論は、文末に紹介している。興味のある人はじっくり読んでほしいが、結論から言うと、
「行政への内部告発は、その内容が会社の法律違反行為である場合には『公益通報』に該当する可能性が高いと考えられますので、守秘義務違反に問われる可能性は低いかと思われます。しかしSNS上での暴露は、しかるべき行政機関への通報とは言えませんし、内部告発に不可欠と認められる可能性も低いと考えられるため、こちらは守秘義務違反に問われる可能性が高いかと思われます」
公益通報は「守秘義務」「誓約書」の効力に勝るが、義憤にかられた勢いでSNSに書き込むのは避けた方がよさそうだ。
もし勤務先や行政に内部通報した結果、報復でリストラや異動をさせられた場合には、損害賠償請求できる。そんなブラックな職場など早く辞めたいと思っても、すぐに辞表を出すのはNG。その前に弁護士や労基署に相談するのが賢明だ。
過去に内部通報への報復措置で異動させられた職員に対しては、勤務先が内部通報者への損害賠償支払いを命じられている。もらうものをもらって、しばし心の傷を癒やせばいいのだ。
冒頭で虐待保育園の事件を例に出したが、残念ながら保育園や病院、介護施設には「同僚に『おはようございます』と社会人として当たり前の挨拶をかわすことすら負け」「同僚だけでなく、園児や患者にマウントを取ってナンボ」と勘違いしている人間が、少なからず存在する。労働環境が大変だから問題が起きるのではない。ブラックな職場にはブラックな人間が集まるだけだ。自分の勤め先の「グレーゾーン」を通報すべきか悩んでいる人は、以下の田上弁護士の回答を参考にしてほしい。
現在、自分自身がパワハラや職場でのイジメに遭って苦しんでいる人も同様である。眠れなかったり、自分自身を嫌いになったり、辞職や自死まで思い詰めているのなら、しかるべき通報先や弁護士相談に駆け込もう。
いろんなことがあった2022年も残りわずか。もし胸の中に溜め込んでいることがあるのなら、全て吐き出して、新たな年を迎えたい。
Q1:保育園での虐待報道が相次いでいます。保育士や看護師、サラリーマン全般として、雇用先と個人情報保護、情報漏洩を禁じる誓約書を交わしていますが、行政への内部告発やSNS上で雇用先の不正行為を暴露することは契約違反になるのでしょうか。
A1:内部告発者に対する保護については、公益通報者保護法に規定されております。そして、消費者庁が公表している同法のガイドラインによると、当該内部告発が同法に規定する「公益通報」に該当する場合、労働者が労働契約上負っている守秘義務が解除されるため、公益通報者に対して守秘義務違反を理由とする懲戒処分はできないこととされています。なお、「公益通報」とは、会社の内部の人間が会社の法律違反行為をしかるべき行政機関等に通報することをいいます(公益通報者保護法第2条参照)。
また、裁判例では、生協内部の不正告発をした職員らが生協の文書を無断でコピーして持ち出した点について、手段の相当性に問題があるものの、内部告発に不可欠な行為であり、文書の財産的価値もさほど高くないなどと述べ、内部告発全体の正当性に影響を与えないと判断した例があります(大阪地堺支判平成15・6・18労判855号22頁)。
以上より、公益通報者保護法上の「公益通報」に該当する場合はもちろん、その情報の漏洩行為が内部告発に不可欠のもので、内部告発全体の正当性に影響を与えない場合には、守秘義務違反として処分される可能性は低いと思われます。
Q2:保育園や病院、介護施設で死亡事故、虐待や窃盗事件があって警察や自治体、裁判で証言することで、証言者が不利益になることはありますか。
A2:警察や各自治体は、消費者庁が定める公益通報者保護法のガイドラインに基づき、通報に対する対応要綱などを作成して、通報者の個人情報等が漏洩しないように取り扱うこととしています。そのため、そもそも通報者の個人情報が、通報対象の施設等に知られる可能性が低いので、不利益になる可能性は低いと考えられます。
また、仮に通報したことが知られたとしても、公益通報者保護法により、通報したことによる不利益な取り扱いが禁止されている(公益通報者保護法第3条、第5条)ため、不利益な取り扱いをされる可能性は低いですし、これをされても無効を求めることができると考えられます。
裁判は公開で行われるもので、証人の氏名等の秘匿については民事訴訟法上は規定がなく、刑事訴訟法上も特定の場合に限られる(刑事訴訟法290条の3参照)ため、通常、証言したことを相手方に知られるのはほとんど避けられないかと思われます。そのため、通報対象の施設等から、報復のような形で不利益を被るおそれがないとは言えません。
もっとも、上記のとおり公益通報を理由とする不利益取り扱いは禁止ですし、それを裁判で証言したことを理由とする解雇は合理性がなく、無効(労働契約法16条参照)と考えられるため、そのようなことをする可能性は低く、また、仮にされても無効を主張することができるかと思われます。
Q3:勤務先で虐待や窃盗、死亡事故を目撃した場合、どこに相談すればいいのでしょう。勤務先の管理職、経営者は信用できません。
A3:これはいずれも警察が「処分若しくは勧告等の権限を有する行政機関」(公益通報者保護法第2条第1項柱書)に該当するかと思いますので、勤務先が信用できないということであれば、警察に通報をするのがいいかと思います。
(那須優子・医療ジャーナリスト)