阪神の3年目右腕の村上頌樹(しょうき)が球史に名前を刻んだ。5月9日のヤクルト戦(甲子園)で、6回まで0を重ね、開幕から31イニング連続無失点のセ・リーグ記録に並んだ。7回無死からサンタナにソロを浴びて新記録こそ逃したが、あっぱれな快投やった。
僕も記者席でじっくり見させてもらった。身長175センチで投手としては小柄な部類で、ストレートのスピードも140キロ前半。それでもヤクルトの打者はストレートに差し込まれていた。打とうと思ったら、もうボールがベースの上に来ている感じかな。フォームと配球でスピードガンの数字より10キロ以上も速く、体感スピードを感じてると思う。
左足がついてから腕が出てくるのが普通の投手より遅く、そのゆったりしたフォームに打者は幻惑されてしまう。球の質自体も素晴らしい。スピンが効いているので、低めのボール球と思った球がスッと伸びてストライクになる。球種もスライダー、カーブ、ツーシーム、フォークと多彩で的を絞りにくい。打者が打ち気にはやったところで、ボールになる変化球でうまくかわしていた。村上の時にマスクをかぶる坂本のリードも素晴らしい。
村上を見ていると、僕の同い年で南海で活躍した山内新一を思い出す。巨人では入団4年で計14勝の並の投手やったけど、南海にトレードされた73年に20勝をマークするなど、ノムさん(野村克也)のリードで花が開き、2ケタ勝利を8度マーク。村上同様にストレートはそんなに速くないけど、多彩な変化球と投球術でパ・リーグの強打者を翻弄した。
プロ野球の世界はちょっとしたきっかけと運、それと自信をつけることで大変身することがある。山内新一も村上もブレイクせずにそのまま終わっていてもおかしくなかった。村上の場合は坂本のリードもあるけど、岡田監督の就任というタイミングにも恵まれた。昨季までは2軍の帝王で、1軍では結果を残せていなかったが、色眼鏡で見られることなく、春季キャンプのブルペンから高い評価を受けていた。
今季初登板でつかんだ自信も大きい。4月12日の巨人戦(東京ドーム)で7回まで完全投球のまま交代。結局、2番手が打たれて初勝利を逃したが、自分の中で手応えがあったはず。そこからスイスイと0を並べていったのは、まぐれではない。才能が一気に花開いたと見たほうがいい。32イニングを投げて、四球はわずか2つ。リードする坂本の要求どおりに投げるコントロールが素晴らしい。
村上の頑張りで懐かしい名前も紙面を飾った。並んだ記録は1963年の中井悦雄さんのもの。実は大鉄高校出身の僕の先輩。中井さんが阪神から西鉄に移籍したあと対戦させてもらったけど、投手としては特にコレという特徴は思い出せない。だからこそ「そんな記録を持ってはったんや」と改めて驚いた。36歳の若さで亡くなった先輩の快挙が掘り起こされたのは本当にうれしかったな。
阪神はエース格の西勇輝と青柳が開幕から苦しんでいる。村上と現役ドラフトでソフトバンクから移籍した大竹がいなかったら、先発ローテは崩壊の危機やった。村上も大竹も、対戦を重ねれば相手も攻略法を練ってくる。2人が好調なうちに高い給料をもらっている人が頑張らないと「アレ」には近づかんよ。
福本豊(ふくもと・ゆたか):1968年に阪急に入団し、通算2543安打、1065盗塁。引退後はオリックスと阪神で打撃コーチ、2軍監督などを歴任。2002年、野球殿堂入り。現在はサンテレビ、ABCラジオ、スポーツ報知で解説。