北九州市で16年前に起きた元漁協組合長射殺事件に関わったとして福岡県警が、北九州に強固な地盤を築く武闘派組織・五代目工藤會の「総裁」を殺人容疑などで逮捕した。実は、被害者の実弟も昨年末に何者かに射殺されている。そしてこの兄弟ともに、長年地元の港湾利権を巡るトラブルを抱えていたというのだ。
9月11日に福岡県警が逮捕に踏み切ったのは、五代目工藤會の野村悟総裁。野村総裁は2000年から四代目工藤會会長を務め、11年に五代目を田上文雄会長に禅譲、みずからは総裁に就任し、高所から組織を見守る立場にいた。
逮捕容疑について社会部記者が説明する。
「野村総裁には、配下の組長らと共謀し、98年2月18日午後7時頃、北九州市小倉北区で、行きつけの飲食店に入ろうとした同市若松区の『脇之浦漁協』の元組合長で砂利運搬販売会社会長の梶原国弘さん(70)=当時=を銃撃、銃弾4発を命中させ殺害した疑いが持たれています。梶原さんは昨年暮れに射殺された北九州市漁業協同組合長の上野忠義さん(70)=当時=の実兄です」
その上野さんの事件は12月20日早朝、若松区の住宅地の一角で起きた。ゴミ出しに外に出たところを背後から近づかれ銃弾4発を受け2時間後に死亡した。上野さんは過去にも2度、自宅や車を襲撃されており、事件直後に現場を高速で走り去る車両が目撃された。さらに、現場から7キロ離れた空き地で燃えている不審な軽乗用車も発見されたが、いまだ容疑者逮捕には至っていない。
一方、今回、野村総裁が逮捕された梶原さんの事件に関しては、02年に「実行犯」と「見届け人」が逮捕され、刑が確定。現在服役中だが、
「2人の一審判決で、福岡地裁は、若松区に面する響灘地区の『大規模公共工事への利権介入を狙った二代目工藤連合草野一家田中組の組織的関与が明白』と認定しています。そして野村総裁は事件当時、工藤會の前身である工藤連合草野一家の有力傘下団体だった田中組の組長でした」
今回、事件への関与の疑いが強まったとして、野村総裁が逮捕されたと見られるが、2つの射殺事件の背景を地元有力者が明かす。
「過去30年、若松区では巨大な港湾整備や海洋事業が行われてきた。地元漁協はゼネコンなどから数十億円もの漁業補償が下りたと言われています。上野さんと実兄の梶原さんの2人はその交渉の中心人物で、補償金を巡る問題の調整や港湾事業の仕切りをやっていて、いわば事業の勝ち組でした。ちなみに上野さんの長男が社長を務める港湾土木会社の12年7月期決算の売上高は58億円です。ただ、兄弟は2人とも『譲れないものは譲れない』というハッキリした性格で、港湾利権を得ようとする勢力の反発も少なくなかったようです」
福岡県内では北九州を中心に10年以降、企業や民間人を狙った襲撃事件が相次いでいる。県警は上野さんの事件を含む複数の事件に工藤會が関与したと見て捜査を進めているが、工藤會に関する著作もある作家の宮崎学氏はこう話す。
「時間をかけて集めた材料で警察は工藤會を相当厳しく追及するでしょう。別件で逮捕した関係者と司法取引した可能性もある。私は逮捕された実行犯と見届け人ら3人の公判も傍聴しましたが、捜査も起訴も『荒っぽい』印象で、実際うち1人は有罪にできなかった。当局は『ピラミッド形のヤクザ組織で、下の者がしたことをトップが知らないはずはない』という理屈で押してくるが、それには無理がある。警察からにらまれている組織であるほど、実は何か事を成す場合、単体で動く。でなければトップが持っていかれるからです。今回も法の裏付けが取れず、無罪という失態を繰り返すような気がしますね」
警察当局と工藤會の「攻防」は今後、法廷でも苛烈に繰り広げられると見られる。逮捕が九州ヤクザ界に与えた「激震」は、しばらく続きそうだ。