ベテラン記者は週刊アサヒ芸能を「事件のアサ芸」と呼ぶ。60年とは警察の組織捜査力が高まる歴史でもあるが、「未解決事件」がなくなることはない。
まずは20世紀最後の日に発生した、未曽有の凶悪殺人「世田谷一家殺害事件」を振り返ろう。
2000年12月31日、東京都世田谷区上祖師谷3丁目の宮沢みきおさん(当時44歳)宅で、一家4人が何者かによって惨殺された。隣家に住む、妻・泰子さんの母によって、31日午前10時40分過ぎに発見される。
犯人は指紋や血痕、靴の跡の他にも、大量の遺留品を現場に残す。しかし、現在まで逮捕されていない。
発生直後から正月休み返上で取材を敢行した。発生直後から多くの情報が錯綜する中、発生から5カ月後の01年5月3・10日合併号で検察関係者の証言として、「核心情報」を報じた。
〈標的は、新潟少女監禁事件の犯人のような、これまでの捜査で見落としていた、ひきこもりがちな、年齢的には10代から20代の青年です〉
遺留品の毛糸の帽子からは、毛髪が1本も検出されていない。つまり抜け毛が少ない若い男の可能性が高い。殺害方法が「あるホラー映画」に酷似しているなどの点を、証言の信ぴょう性の理由にあげている。被害者遺族とコンタクトを取ったことのある、ノンフィクション作家・窪田順生氏が振り返る。
「遺族には『近所の人間が怪しい。包丁も靴もシャツも聖蹟桜ヶ丘、成城学園前、経堂の3カ所でそろえられ、それは全て繰り返し洗濯した痕跡がある。家族と同居してしっかりとした生活を送っている人物が犯人像』だと説明しています。にもかかわらず、なかなか容疑者が浮かび上がらない。外の世界と接触を持たないような人物が、犯人である可能性も捨てきれないと感じました」
一方、13年12月19日早朝、京都市山科区で殺人事件が発生した。当時の王将フードサービス社長・大東隆行氏(72)が、4発の銃弾を放たれ絶命したのだ。「銃殺」「4発全てが命中」「計画性のある逃走」──これらから、発生直後よりヤクザの関与がささやかれていた。週刊アサヒ芸能はネットワークを生かし、14年1月16日号で、ヤクザの貴重な証言を報じた。
〈(25口径の拳銃は)その密輸にヤクザが関与していることはあっても、人を殺すために使うかというと、その可能性は低いと思う〉
〈タマを奪る道具やない。ヤクザが殺す目的で使用するなら38口径だとか、もっと大きな拳銃でキッチリとやる〉
そして、王将が抱えていたお家騒動や中国・大連出店を巡るマフィアとのトラブルなども紹介した。
〈長期化するでしょう。同じく年の瀬に起きたあの世田谷一家殺人事件のように、半ば迷宮入りする可能性は十分あります〉
残念ながら現在も未解決の両事件。一刻も早い解決が待たれる。