もう三十数年以上も前の話だが、西武園競輪に出かけると必ず見かける、怪しい風体の老人がいた。仲間内では「死神」「疫病神」と呼んでいた。
その老人の髪はボサボサで、髭は無造作に伸び、虚ろな目に度の強そうな黒縁の眼鏡をかけている。夏でも汚れた黒いコートを着て、背中を丸めて場内をウロついていた。ただ、薄汚れてはいるが、黒ずくめの姿にはどこかインテリ風な品の良さがあった。
オンボロは世を忍ぶ仮の姿か…。老人は誰に言うともなく、ブツブツ呟く。
「2-3、2-3、2-3」
これには「また死神に会っちゃったよ」「なんて言ってた?」と、同行者と言い合いながら、気にはしていた。死神の老人が呟くのは当たらない不幸車券だから、買ってはいけない。まさか自分は不幸車券を買っていないだろうな、と車券を見る。
それにしても、あの老人は何をしに来ていたのか。そして何者だったのか。
そのうち姿を見かけることはなくなったが、西武園に出かけると今でも必ず思い出すのは、あの「死神」だ。
前置きが長くなったが、4月20日、西武園競輪場で開催の第74周年記念、GⅢ・ゴールド・ウイング賞の2日目に出かけた。
4月30日からは福島・いわき平競輪場でGⅠ・日本選手権競輪(競輪ダービー)が行われる。ダービーの3日目、5月2日にはいわき平でユーチューバー2人とトークショーをやることになっているので、ダービーにも出走する有力メンバーを現場でチェックしておくのが目的だ。
トップレーサーのS級S班(9人)は5人が斡旋されたが、古性優作が家事都合で欠場、2日目に脇本雄太が全治7日間の腰痛で欠場となった。
2日目のS班は眞杉匠、深谷知広、山口拳矢の3人になったが、地元・埼玉の平原康多、森田優弥、ほかに坂井洋もいる。ダービーの前哨戦としては申し分のないメンバーが揃った。
西武園は、西武園ゆうえんちとは最寄り駅が異なる。高田馬場で西武新宿線の拝島方面に乗って東村山駅で西武園線に乗り換え、一駅目が終点の西武園。つまり西武園競輪場に行くために作られたような路線なのだ。
駅に着くと、左手にゆうえんちの観覧車が見えている。ゆうえんちには西所沢駅、西武球場駅方面か、多摩湖駅方面に乗って、西武園ゆうえんち駅で降りる。
競輪場は改札から直結している。最寄り駅から直結した競輪場は、西武園のほかに京王閣、富山の2場がある。
この日は特観席に陣取った。正面スタンドの1階席1000円。目の前がゴール線という絶好のポジションだった。
2日目は6Rから二次予選が行われる。初日、特選レースを走ったS班ら有力選手が6Rから12Rに分散し、実力差がはっきりするので、比較的堅いレースになることが多い。GⅢの2日目は、それを頭に入れて車券を買うことが重要だ。
特観席の上段にはレストランがあり、昼メシを食べながらレースの検討を始める。西武園に地方色はないので、オーダーしたのは久々に食べるカツ丼800円(写真)。
最近は場内の店舗よりもキッチンカーが増え、インドカレー、唐揚げ、クレープなんかもあるが、食指が動かない。西武園、大宮という埼玉の競輪場では、東松山名物の辛味噌ダレ焼鳥を出店で売っている。西武園は入場口から正面スタンドに続く場所に出店があったが、この日は見当たらない。終わり間際に場内を歩いていて、2コーナーに移っていることに気が付いた。
電車の中でiPadを見て、レース結果は確認済みだ。7Rまで3連単の5ケタ配当はない。やはり堅い1日になりそうだ。
そして8R。埼玉の森田優弥―武藤龍生が断然の人気になっている。ここは逆らっても仕方がない。この2人はマスト、相手を単騎でマクリ一発に懸ける野田源一か、自在な中井太祐の2車に絞る。
結果は3着が、森田―武藤の3番手を回った埼玉・東京の埼京ラインの岡本大嗣。ゴリゴリのスジ車券、3連単はなんと1番人気の320円だ。こういう配当の車券は「不幸車券」という。しみったれた配当を当てると、それだけで1日が終わる。死神のような車券。当たらなくて逆にホッとした。
(峯田淳/コラムニスト)