それはまさに衝撃の告白だった。
5月に入ってすぐに右腕の切断手術を公表した、元近鉄バファローズの中継ぎ投手、佐野慈紀氏のことである。
佐野氏は松山商業高校、近畿大学を経て近鉄に入団し、中継ぎの柱として活躍。1995年には中継ぎながら10勝をマークした右腕だ。振りかぶった際にグローブで帽子を引っかけて落とし、薄い頭髪を露出させる爆笑「ピッカリ投法」を覚えているファンは多いだろう。
ところが今春、感染症に見舞われ、肘から下を切断することになったのだ。5月8日、自身の「ピッカリブログ」を更新した佐野氏は、痛々しく右腕上腕が包帯で巻かれている近影を〈何かさ笑〉と題した文章とともに公開。
〈ぬいぐるみみたい。。。そんなええもんちゃうやろ!至って元気です〉
として、ファンを安心させた。
佐野氏は昨年4月にも持病の糖尿病からくる「重症下肢虚血」で緊急入院し、足裏の一部を切除する手術を受けるなど、この1年に入退院を繰り返しているが、コメント欄には心ない誹謗中傷も書き込まれている。
5月2日のブログでは、手足の切断は不摂生によるものではないか、という悪意に満ちた憶測に対し、
〈不摂生してない。だから糖尿病は怖いんや!〉
〈勝手な発言は腹が立ちます〉
病床からそう訴えたのだった。
佐野氏と同世代の筆者がリリーフ援護を買って出ると、アメリカのスポーツ医学論文によれば、マイナーリーグの野球選手ややり投げ、砲丸投げの陸上選手は「無自覚な血糖値スパイクを起こし、手足の血管の動脈硬化が進む」という驚きの結果が出ている。
佐野氏にもロサンゼルス・ドジャースとマイナー契約した経験があるが、特に佐野氏のようなリリーフ投手、砲丸投げや槍投げの選手は短時間に投げられるように準備し、最高のポテンシャルを発揮することを求められる。そのため筋肉を酷使するし、血糖値の変動が激しくなるのだ。利き腕の筋肉を酷使した後、待ち時間に糖分補給、また筋肉を酷使という繰り返しで、利き腕と全身の血管が痛めつけられるという。
箱根駅伝では途中でダウンする選手がいるが、あれも競技の前や途中に糖分の多いスポーツドリンクや果物を食べた結果、インスリンが急激に分泌されて低血糖を起こすから。なので最近のマラソンや駅伝、サッカーの「スペシャルドリンク」の中身は少量のハチミツとレモン汁など、血糖値の変動を防ぐ工夫がされている。
「血糖値スパイク」は50代の佐野氏やその野球仲間の野茂英雄氏と同世代、なんなら40代の松坂世代で、誰にでも起こりうる。加齢や食生活、体質でインスリン抵抗性があると食後に急激に血糖値が上がる症状で、心臓の冠動脈や大動脈などの血管が大ダメージを負う。
毎年の定期健康診断では異常がないと指摘されている人でも、安心できない。食後の眠気(血糖値スパイクのサイン)や倦怠感を訴えて病院に行き、たまたま食後に血液検査をしたら、血糖値スパイクが判明。精密検査の結果、食後に血糖値が急激に上がるタイプの「糖尿病」だとわかる場合がある。
自覚がなく食後血糖値が上がる「ステルス糖尿病」でも、腎機能低下や手足の末梢血管障害など、合併症を引き起こすのは糖尿病と同じ。
予防法はというと、食事の際にはまず野菜や汁物、魚などの副菜から食べること。限られた昼休み時間にゆっくり食べろとは言わないが、コンビニで血糖値スパイクを防ぐ機能性食品を選ぶ、野菜を多めに摂る、夕食だけはよく噛んで時間をかけるなど、無理せず長く続けられる工夫をするしかない。
野球人生をともに歩んだ右腕を失ったショックから立ち直りつつある佐野氏は退院後、左腕での「ピッカリ投法」を誓っている。
(那須優子/医療ジャーナリスト)