ソウル郊外の光明競輪場に出かけたのは2017年5月13日。光明競輪場は2度目だった。
前回、2011年は成り行きで車券を買って、日本円にして1万円くらい儲けたような記憶がある。ギャンブルは結局、走っている数字の1着や2着が当たればいいので、競馬ファンのようにこの馬が強いとか美しいとか、能書きはいらない。強くても弱くても真っ先にやってくる馬、自転車、ボートなどを当てる。それ以外の極意はない。
ゆえに、韓国競輪も誰が強いか弱いかなんて、初めて見る選手だからわからなくて当たり前。唯一、アテになるとしたら、予想紙に出ているデータだ。ただし、数字以外はハングルなので、ほぼわからない。とにかく数字をチェックして、先にゴールに駆け込む選手を当てるしかない。結果は神のみぞ知る。
前回書いたように、1Rの車券はドボン。2Rは3連複で③⑤⑥と⑤⑥⑦に各2000ウォンとした。結果は着順でいうと⑤②⑥(以下も着順)。競走得点上位3車で決まった。
3Rは③から狙い、他は⑥以外の①②④⑤⑦でいく。これが実におまぬけなことに、③⑥②だった。買っていない⑥が2着で、これまたドボン。2Rと3Rは対抗格の選手を蹴っ飛ばして、取り損ねてしまった。
3連複で買った4Rは穴人気⑤の1着で、またしてもドボン。3連複②③⑦を買った5Rは②⑦⑤。6Rはダブル単(日本の2車単か)③から全通り。これも結果は⑤⑦②で、箸にも棒にもかからない結果になった。
7Rは3連複②⑥⑦とダブル単⑦から②③⑤⑥で勝負も、②⑤⑦で7連続ドボン。これは焦る。一体どうなっているのかと言いたくなるほど、当たらない。ダブル単①から1番人気を蹴って買った8Rは、①⑥⑤の大本命決着だった。
で、すでに9R。とにかくこのままでは帰れない一心で、ダブル単①から③⑤⑥⑦、②から③④⑤⑦。結果は①②⑤で、どうにもこうにもドボンの連鎖が止まらない。
10Rは3連複②③⑦と②⑥⑦、ダブル単③から②⑤⑥⑦で勝負する。結果は②③⑥で、またまたハズレ。
もうこうなったら焼けのやんぱち、11Rは3連複①⑤⑦と②⑤⑦、④⑤⑦。ダブル単⑤から①②③④⑥を。結果は⑤⑦③。全部、抜けている。
これでなんと、11R連続ドボンである。あまりの出来事に12Rはやめて、打ち止めとなった。
トータルで6万8000ウォンのマイナスで、日本円で8000円ほどか。為替レートは円と比べて10倍弱。ひと桁違うと大きなお金が動くような気がするので1万ウォン、2万ウォンと万単位で賭けるのに、二の足を踏んでしまった。
買い目をツラツラ書いていると、どれだけ間抜けなギャンブラーなのか、と言うしかあるまい。30年以上のギャンブル人生で、こうもコテンパンな惨敗を喫したのは初めてだった。韓国までやってきてこのざまには、もはや呆れるしかない。
ついでに言うと、この時はレース写真も撮ったのだが、それがどこにあるのかわからなくなってしまった。光明競輪場で水分補給はしたが、何か食べた記憶がない。あればその写真も撮っていたに違いないが、記憶がない。場内に店はなかったのか。
帰りは光明競輪場近くを通る電車を利用しようと思ったが、どこにあるのかわからず、宿泊先のホテルまではタクシーで。
市内に入る前から道路は大渋滞して、なかなか前に進まない。ホテルは南大門にあるフレイザープレイス南大門。「南大門(ナンデモン)」と言っても発音が悪いのか、通じない。「フレイザープレイスホテル」といってもチンプンカンプンで、メモを見せても、運転手は「?」。運転手がしゃべっている言葉など、もちろんわからない。そして看板類はハングルだらけ。
ホテルに辿り着くことができないかもしれないと、途方に暮れた。それでもどうにかこうにか到着できたのだが。
競輪で大負けした揚げ句、迷子状態に正直、疲れ果てた。少なくとも、ヨーロッパではこうはならない。片言の英語でどうにかなる。韓国は近くて遠い国なのだろうか。
夜はホテル近くでビールを飲みながら、豚肉料理の店に入ってひと息。コンビニでウイスキーを買って部屋飲みの2次会を。帰りのタクシーの一件を考えると、とても外に出る気にはなれなかった。
翌日は南大門市場を見てから市内を回った。韓国の日本大使館前で慰安婦像の写真を撮ったり、ロッテプラザに出かけたり。空港への帰りのタクシーは、初めて日本語がわかるドライバーで、妓生(キーセン)の話を聞くことができた。「私に言ってくれれば、高い店も安い店も案内してあげる」と名刺を渡された。「今度、韓国に来た時は私を呼んでください」と言われたが、その名刺も手元にない。ドボン。
(峯田淳/コラムニスト)