自宅から最も近いギャンブル場はどこかというと、京王閣競輪場と東京競馬場である。京王閣競輪場は京王多摩センター行きなら乗り継ぎなし、東京競馬場は特急に乗り、東府中で乗り継いで(開催時は停車する)府中競馬場正門前駅で降りる。どちらも所要時間は20分ほどだ。下駄履きで行くのがギャンブル場である。
しかしこれまで出かけた先は、ほとんどが京王閣だった。東京競馬場に行ったのは、生涯でたった2回。それも、友人らとの付き合いで。そうなったのは、競馬嫌いが理由だった。
子供の頃の忘れられない思い出がある。競馬好きの祖父に、故郷・山形の上山競馬場に何度か連れて行かれたことがあった。レースが終わるごとにスタンドから人が消えていき、小学校に上がる前の子供が一人取り残された。子供にとっては広すぎる馬場を前にして、誰もいないスタンドに置いてきぼりにされる孤独。それが体にしみついて、トラウマになってしまった。
競馬を遠ざけていたのは間違いなく、あの原体験があるから。大人になってからは競馬には目もくれず、競輪にのめり込んでいった。
しかし、全国のギャンブル場を制覇するという目標を持って、昨年暮れまでに15ある地方競馬を回ることができた。そして次に、全国に10場あるJRAを回る。それで全ギャンブル場完全制覇になる。JRAは下駄履きで行くことができる、東京競馬場がスタートだ。
1月28日、第1回、2日目。メインは1着馬にダートGIフェブラリーステークス(2月18日)に優先出走権が与えられるGⅢ・根岸ステークスだ。
駅を降りた途端、実感したのは若い人、30歳くらいまでの若者が圧倒的に多いことだ。地方競馬やボート、競輪、オートの公営ギャンブルとは肌感覚で言えば、平均年齢が20歳くらい違う。2歳でも10歳でもなく、20歳。それだけ公営ギャンブルのファンが高齢化しているということでもある。
もっとも、地方競馬は比較的若い世代が多く、大井のように東京競馬場並みと言っていい競馬場もあるけれど。
東京競馬場の施設は、さすがに超一流である。2年ほど前に、凱旋門賞が行われるパリのロンシャン競馬場に出かけた。上流階級の社交場でもあるロンシャンはどんなに素晴らしい競馬場かと胸をときめかせたが、想定内だった。ゴールドに塗られた外観の絢爛さには息を飲んだが、東京競馬場の巨大さ、豪華さにはかなわない。
ロンシャンでは予約制のレストランでシャンパンを傾ける優雅な姿に気後れしたが、飲食店は思ったほど多くないし、スタンド横にはファミリーで遊ぶことができる芝生のスペースもあって、意外にも庶民的な印象だった。そこでハンバーガーを食べたりもした。
それに比べると、東京競馬場はメモリアル60スタンドもフジビュースタンドも、最上階の6階まで整然として、飲食店も各所に配置され、至れり尽くせり。レース観戦は、どのフロアにいても見やすい。やっぱりすごい。
下駄履きで来ることができるギャンブル場だが、ずっとドサ回りをやってきた身には眩しい。お上りさん気分である。たとえて言うなら、田舎町から巨大な東京のビル街に迷い込んだ、といったところだろうか。
ただし、ロンシャンのような華やかさ、強烈な個性は感じさせない。ひと言で表現すれば、優等生。どこか物足りないのだが。
ただし、レースがスタートすると歓声が上がり、「ヨシッ」「来い、来い、来い」といった叫び声、「アー」と悔しがる声が、オーケストラのハーモニーのように響き渡る。俺は競馬の世界の中心にいる…そんな気分に浸ることができるのが、東京競馬場だ。
(峯田淳/コラムニスト)