典型的な悪徳商法に「無限連鎖講(ねずみ講)」がある。その元祖として知られるのは、実業家の内村健一氏が主宰する「天下一家の会・第一相互経済研究所」だった。
日本では元来、お伊勢参りの費用を積み立てる「お伊勢講」など、仲間同士が目的のために金を貯める「講」というものがあり、「無人講」などはその名残だ。
内村氏は元保険セールスマンだが、生保のシステムを批判。そこに「講」をプラスしたシステムを作り上げた。それが1967年に内村氏が地元熊本で設立した「天下一家の会」だったのである。
システムは極めてシンプル。「会員」と称する出資者を募り、その会員が自分の下に2人、10人、50人とねずみ算式に会員を増やせば、その利ザヤが自分の懐に入ってくるというものだ。勧誘文句は「新しい会員を入会させればさせるほど、配当が上がる」。
このシステムが、日本の高度経済成長時代にピタリとハマッた。瞬く間に全国に広がった会員は全盛期に120万人、集めた金はなんと1900億円を超えたというのだから、驚くばかりだ。
1972年、内村氏が所得税法違反容疑で逮捕されても会員が増え続けていたというのだから、改めて人間の欲深さを痛感する。法曹関係者が当時を振り返ってこう語る。
「内村氏の謳い文句は『天下一家の会は単なる金儲けではなく、心と和の助け合い精神に基づいているんだ』。さながら新興宗教の教祖的な存在だった。そして当時の法律では、ねずみ講そのものを裁くことができなかった。それが内村氏が逮捕されてもなお、会員が増え続けた理由だと考えられます」
だが当然ながら、システムはやがて破綻する。内村氏の逮捕後、詐欺的商法がマスコミで連日のように報じられ、社会問題になると、各地で訴訟が勃発。1978年には無限連鎖講防止法が作られ、天下一家の会は解散した。法曹関係者が続ける。
「当時、内村氏の資産は300億円は下らないだろうと言われていましたが、破産宣告直前に系列法人への資産隠しを行い、最高裁により脱税の罪で7億円の罰金が科せられました。ところが2億円しか払えず、収監(途中で持病の悪化で入院措置)されることになりました」
内村氏は1995年、糖尿病によりこの世を去った。だがその後もねずみ講的行為は残党らにより手を変え品を変え、繰り返し続けられた。人間から欲望がなくならない限り、悪徳商法は消滅しないとされるが…。
(丑嶋一平)