その衝撃的すぎる事件は、1993年のJリーグチャンピオンシップ「鹿島アントラーズVSヴェルディ川崎」で発生した。
この試合は1stステージで優勝した鹿島と2ndステージ優勝した川崎が激突し、Jリーグの初代王者を決めるものだった。
当時のチャンピオンシップは2試合制で、1試合目はヴェルディが2-0で勝利した。2試合目は鹿島が先制し、1-0でリードしたまま後半に突入。ところが後半終了間際に、鹿島がペナルティーエリア内のファウルでPKを取られる。これに激怒したジーコはペナルティーポイントに置かれたボールにつばを吐き、退場となる。結果、ヴェルディがJリーグ初代王者の座に就いたのである。
後日、ジーコに話を聞く機会があった。ジーコはつばを吐いた行為について「反省している」とした上で、
「あの試合の主審は明らかに、ヴェルディ寄りの判定が多かった。彼は(ヴェルディの前身である)読売クラブでプレーしていたことがある」
フェアな試合ではなかったと主張したのである。さらに厳しく指摘するには、
「Jリーグには読売の力が働いている。渡辺恒雄氏の影響が大きい」
ジーコから読売新聞社社長(当時)の名前が出たのは驚きだった。
PKを取られたプレーはファウルというよりも、オブストラクションに見えた。ただ、チームのレベルとしては明らかにヴェルディの方が上だったので、ジーコの主張はどうかと感じた。
ただ、ジーコの主張通り、当時のJリーグと読売グループは対立していた。特に運営母体の企業名をチーム名に入れるかどうかで、当時のチェアマン川淵三郎氏と渡辺氏が激しく対立していたのは確かだ。1991年から鹿島の前身である住友金属でプレーしていたジーコは、こうした情報をよく知っていたのだ。とはいえ、ジーコはかなり思い込みが強い…という印象だった。
ジーコの話に驚き、半ば呆れつつ聞いていた。ただ、当時の日本はまだまだ、二流のサッカー後進国。そんな日本の試合で、かつて世界を代表する選手だったジーコがここまで真剣に怒り、熱く主張する姿にはちょっと感動したものだ。
(升田幸一)