肺炎のため、12月19日未明に98歳で亡くなった渡辺恒雄氏(読売新聞グループ本社代表取締役主筆)は、かつて読売ジャイアンツのオーナーとして、あるいはオーナーを退いてからも、球界で隠然たる影響力を持っていた。時には暴言が飛び出すが、その豪放な物言いとは裏腹に、意外な一面を持っていた。
渡辺氏は都内・日比谷にある高級中華料理店「H」の常連客だった。ここには政治家や有名人が多数訪れることで知られている。
それは今から十数年前のある夜、渡辺氏が杖をついて慎重に歩きながら、店を訪れた。そして食事をしていると、外でマスコミが多数待っている。渡辺氏のコメントをとりたいのだ。そんな状況を心配する店員に対し、渡辺氏はひと言、
「いいんだ。俺を追いかけるのはマスコミぐらいだからな」
まるで気にする様子もなく、淡々と食事を済ませると、報道陣が待ち構える店の外へと出ていったという。
また別の夜のこと。渡辺氏は店員にこう話しかけた。
「このドラマが好きで毎週、見ているんだよ」
何かと思えば、松嶋菜々子主演の「家政婦のミタ」だった。ちょうど放送中の時期だったのだ。渡辺氏と「家政婦のミタ」…なんとも意外な取り合わせではなかろうか。
「ところで今日は何曜日だ?」
「家政婦のミタ」は水曜日の放送だ。なにやら曜日の感覚があいまいになっているのか、ドラマの放送日かどうかを確認しているのだった。店員が「土曜日です」と答えると、
「放送日だったら(夜の)8時までには家に帰らないといけないからな」
放送の2時間前に自宅に到着し、万全の視聴準備をするということか。このドラマのどこに引かれたのか、聞いてみたかった気がするが…。