今回は若い頃、がむしゃらにギターなどを演奏していた経験のある音楽大好きオヤジにオススメのサイドビジネスを紹介しよう。
それは夜の繁華街での「流し」だ。「流し」とは、ギターやアコーディオンなどの楽器を持って酒場を回り、お客のリクエストに応えて歌の伴奏をしたり、あるいは自分自身が弾き語りで演奏して聴かせる職業を指す。
この営業には昔から決まったスタイルがある。まずはスナックの扉を開いて挨拶代わりにギターを「ボロロ~ン」と奏でるや「どうもー、お客さん一曲いかがですかー?」と満面の笑みで店内に入るのだ。それを常連客が「わーっ」と拍手で迎え、常備している歌詞本を酔客に渡して曲のリクエストを募り、生演奏で酒席を盛り上げる趣向だ。
飲み屋にカラオケが普及していなかった時代、「流し」は「超」が付くほどの人気商売。新宿だけで100人、私の地元・横須賀でも昭和40年代には80人ほどの「流し」が活躍していたそうだ。80年代に入り、カラオケが浸透するようになってからは、需要が急激に減少していった。しかしながら、最近では、新宿や銀座、赤坂、錦糸町、赤羽、蒲田、横浜の野毛などでその姿を見かけることが多くなった。
オヤジ世代はカラオケにはない人間的な「あたたかみ」を支持。若い世代でも、昭和初期へのレトロ人気が高まっている。そうした流れの中で昭和初期を象徴する「流し」への関心が高まり、見直す機運が高まったからだ。
「流し」の演奏は、曲を聴いたカウンターのママさんが思わず涙ぐんでしまうこともあるほど。平成の世にあって、「昭和の生演奏」はそれほどまでに情に訴える力を持っている。また、世に絶望して命を絶とうと考えていた人が曲を聴いたあとに立ち直ったというエピソードもある。「流し」とは酒場を通じた世直しであり救済活動。まさに意義ある副業なのだ。
最近は、お店側からスマホに連絡が入り、駆けつけるというパターンが主流だ。演奏曲は演歌が圧倒的に多いが、フォークやJ-POPのリクエストもある。似た商売で、「路上ライブ」というものもあるが、野外演奏は夏の暑さ、冬の寒さがかなりこたえる。基礎体力の低下した世代にとっては、冷暖房完備の店内で演奏できる「流し」のほうがいいだろう。
気になる報酬だが、平均的な料金は1曲につき500円ほど。有名な「流し」や特殊技能を持っていると1曲1000円ぐらいの料金を取る。あちこちのスナックやバー、居酒屋に顔を出せば一晩で1万円ほどの収入になるだろう。
「窓際族」で毎日定時退社をしているなら、ギター教室に通うなどして、昔取ったきねづかに磨きをかけよう。注意点はこの「きねづか」。青春時代ウッドストックを目指していたからといって、いきなりシャウトすればママの涙も乾こうというもの。青森県出身の土着派フォークシンガーを目指していたからといって「犯されたら泣けばいい」なんてやらかしたら、座がシラけること間違いない。
酔客のために演奏することを忘れてはならない。
もはや、指の動きも鈍くなっているだろうから、指から血が出るぐらいの猛練習は必要だ。カンを取り戻し、レパートリーを増やしたら、さっそく夜の繁華街へ繰り出してみよう。
うまくいけば「平成の流し」として人気者になれるかもしれない。
◆プロフィール 門倉貴史(かどくら・たかし) 71年生まれ。95年慶應大学経済学部卒業後、銀行系シンクタンク入社以来、エコノミスト畑を歩む。現在、BRICs経済研究所代表。専門は先進・新興国経済、地下経済、労働経済学、行動経済学と多岐にわたる。