ところでAは本退院後、弁護士を通じて被害者家族に手紙を送っている。今年3月には、山下彩花ちゃん(当時10歳)の命日前に、B5判の紙8枚というこれまでにない長文の手紙を出している。これは出版を意識してのことだったのか‥‥。出版後、あらためてAの地元を取材すると、孫が同級生だったという主婦がこう話した。
「孫とAはいつも自転車に乗って遊ぶような仲だったよ。本を出版するよりもタンク山の上にある慰霊碑に手を合わせることが先ですよ」
Aの同級生は訴えた。
「年下の小学生とつるんでいたから不気味な子だと思っていた。今でも中学校の校門を見るたびに当時を思い出して怖くなるんです」
法的に無辜の一市民となり、言論の自由の中で手記を書いたA。しかし、被害者遺族ばかりか近隣の住民にも、いまだに事件の深い傷跡は残ったままだ。
「さあゲームの始まりです──」から始まる犯行声明文に、14歳が書いた文章とは思えないと持ち上げた文化人までいた。しかし手記を読んだ精神科医の町沢静夫氏は厳しく非難する。
「確かに謝罪の言葉は書かれていたが、同時に文学的な表現が目に余った。三島由紀夫などの文章を引用したりするくだりに、自分の文学的能力を試してみたいという自己顕示欲を感じました。事件を起こした本人が書いた文章としてはそぐわない。女の子を殺しておもしろかったという快感を覚える性的サディズムは、日本よりアメリカなどで多いが、簡単には治療できるものではありません」
さらに、今回の出版が二次被害をもたらす危険性をこう指摘するのだ。
「同級生を殺害した佐世保の女子高生の事件、同級生にタリウムなどを飲ませた名古屋大生はいずれも、神戸の事件を模倣しています。つまり、自分の殺害欲求を、酒鬼薔薇が典型的に実行したと英雄視しているのです」(町沢氏)
今回の手記が、新たな模倣犯を生み出す可能性は否定できない。
通例どおり印税10%なら1500万円、増刷でそれ以上の収入をAは手にすることになる。身勝手な出版で金と自己救済を得たAだが、倒錯した暴力性と性癖はいまだ闇の中である。