夏は旅行や帰省などでお出かけすることが多くなる時期です。宿泊先等で温泉や銭湯などの公衆浴場を利用する機会も増えますよね。また、夏といえばやっぱりプール。大型レジャー施設などのプールから近所の公共プールまで、夏になると何度もプールへ行くという方も多いでしょう。あるいは、仕事のあとのサウナが何よりの楽しみだという方も少なくないと思います。
そうした公衆浴場やプールを利用する際に気をつけていただきたいのが、「レジオネラ感染症」です。
何だそれ? 聞いたこともないぞ、という人も多いでしょうが、「レジオネラ」とは、土壌や河川、湖沼など自然界に生息する「細菌」の一種です。必ずしも温泉固有に生息しているわけではありませんが、近年では、空調設備の冷却塔水、循環式浴槽水、給湯器の水などに生息するバイオフィルム(生物膜)に寄生・増殖し、深刻な問題となっています。
レジオネラ菌は、循環式浴槽などで水またはお湯が停滞する“39度前後”(一般細菌よりも少し高い)の環境で繁殖しやすいのですが、その水を飲んでも感染するというわけではありません。その水中の微粒な菌が、シャワーや湯気などで空気中に浮遊する蒸気、または霧状(エアロゾル)となり、呼吸することで人体の肺に入ると、感染するとされています。
1976年、米ペンシルバニア州フィラデルフィアのホテルで在郷(退役)軍人会の総会が開かれた時、参加者と周辺住民21人が原因不明の肺炎にかかり、一般の抗生剤治療を施したにもかかわらず、34人が死亡しました。これにちなみ、在郷軍人のことを「レジオン」と呼んでいたことから、「レジオネラ症」という病名が付けられました。
レジオネラ感染症の月別の検出データを見てみると、夏期6月から9月の平均検出率は61.9%、特に8月は69.1%と高くなっています。なぜ、「真夏である8月」にレジオネラ感染症が最も多くなるのでしょうか?
その原因の一つとして、夏になると衛生管理の悪い冷却塔・クーリングタワー(オフィスビルの空調)が動きだす、またはフル稼働で動いていて、居住空間にまき散らかされる季節だからと私たちは、考えています。オフィスビルの空調用に屋上などに設置されている一般的な冷却塔は、冷却水を冷やすために強制的に外気(風)を取り込み、風が水と直接接触することによって、水を冷やします。強制的に風を取り込んで水を蒸発させるので、当然のことながら上部のファンから冷却水が霧状(エアロゾル)となり、環境中に飛散します。この時、冷却水中にレジオネラ菌が大量発生していた場合、エアロゾルと一緒に大量放出されます。そして、人が呼吸することによって人体の肺に入ると、感染してしまうのです。
仮に冷却水や浴槽水などで薬品処理を行ったとしても、レジオネラ菌が十分に殺菌されない場合があります。そのような水系にはアメーバ類が発生したり、バイオフィルム(微生物がみずから増殖しやすい環境を作り出すために形成する膜=ぬめり。その内部は影響を受けにくくなる)が存在するため、薬品の効果が行き届かないと考えられます。冷却水や浴槽水などのレジオネラ菌対策を検討する際には、アメーバなどの原生動物やバイオフィルムの存在を考慮し、それらもあわせて対策を行う必要があります。
このように、ビルでの集団感染や、病院での院内感染が多数報告されているレジオネラ感染症ですが、最近は温泉施設での集団感染も増えています。また海外での感染事例も多く、展示会の循環浴槽が原因の感染例や、園芸用の袋入りの土とともにレジオネラ菌を吸入して感染した例も報告されています。
ということで、チェック項目(ページ下部)の【1】~【5】に該当する人は、レジオネラ感染症になる危険性がある人と言えます。また、他の感染症や食中毒、肺炎などと同じく、免疫力(抵抗力)の弱い人が感染しやすいので、【6】~【10】の人は常日頃から体調管理に気をつけましょう。
レジオネラ感染症は、大きく「レジオネラ肺炎」と「ポンティアック熱」の2つに分けられます。特に問題となるのが「レジオネラ肺炎」で、腎不全や多臓器不全を起こして死亡する場合もあります。2~10日の潜伏時期を経て発病し、悪寒、高熱、全身倦怠感、頭痛、筋肉痛などが起こり、呼吸器症状として痰の少ない咳、少量の粘性痰、胸痛、呼吸困難なども現れ、症状は日増しに重くなっていきます。腹痛、水溶性下痢、意識障害、歩行障害を伴う場合もあります。病勢の進行が早く、有効な抗生剤治療が間に合わないと、致死率は60~70%にもなります。死亡例は発病から7日以内が多いようです。しかし、間に合えば致死率は10~20%程度になります。健常者もかかりますが、糖尿病患者、慢性呼吸器疾患者、免疫不全者、高齢者や幼児、大酒家や多量喫煙者はかかりやすい傾向にあります。
一方、「ポンティアック熱」の主な症状は寒気、吐き気、筋肉痛などで、一般的には重症までは至りません。しかし、インフルエンザに類似した非肺炎型疾患とされています。
対策としては、感染経路の可能性について考えられるいくつかの環境に対して、それぞれに注意や対策が必要です。あらゆるケースに対応して感染を防がなくてはなりません。冷却塔の場合は、定期的な清掃。循環式浴室の場合は、2日以上お風呂の湯をためた状態にしない(こまめに入れ替える)。シャワーのホース内の温かいお湯は、水を流してから、止める。ぬめりを作らないよう清掃する。加湿器の場合、こまめな洗浄。水は足さずに洗って新しいものに。その他、手洗い場、プール、噴水など、さまざまな水回り環境において警戒が必要です。
水に触れることが多い季節だけに、レジオネラ感染症には気をつけて、健やかな夏を過ごしましょう。
──レジオネラ感染症チェック項目──
【1】温泉や銭湯、サウナなどの公衆浴場が好きでよく行く
【2】プールへよく行く
【3】設備が古い集合住宅に住んでいる
【4】設備が古いビルのオフィスなどで働いている
【5】風呂の水をためっぱなしにしている(追いだきして入っている)
【6】ストレス、暴飲暴食、過労、睡眠不足などで体調が悪いことが多い
【7】風邪をひきやすく、免疫力(抵抗力)が弱いと感じている
【8】喉や肺などの気管支に持病がある
【9】糖尿病かその予備軍と言われたことがある
【10】大酒飲みまたはヘビースモーカーだ
※【1】~【5】レジオネラ感染症になりやすい環境、【6】~【10】はなりやすい人です。
◆監修 森田豊(もりた・ゆたか) 医師・医療ジャーナリスト・医学博士。レギュラー番組「バイキング」(フジテレビ系)など多数。ドラマ「ドクターX~外科医・大門未知子~」の医療監修も務めた。