社会

日本を創った“荒ぶる男”たち<政財界編>「田中角栄・瀬島龍三 他」

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 戦前戦後という大きなうねりの中、政財界には個性豊かな「怪物」が多く出現した。その代表格が「目白の闇将軍」と言われた田中角栄元総理。人と組織を統率したのは、豪放かつ繊細な「腕力」だった──。

 永田町の今と昔を知り尽くす政治評論家・小林吉弥氏が回想する。

「角栄の名言に『仕事をすれば批判や反対があって当然。何もやらなければ、叱る声も出ない。悪口が聞こえても、それは仕事をしている証拠』というのがありますが、彼の生き様はまさにこのセリフのとおり。こうと決めたら一気呵成にやる。それが信条だった」

 代表的なものが、総理就任後、真っ先に手をつけた日中国交正常化交渉だった。

「批判が出る前にやる。今を逃したらチャンスは来ない。そう決めた彼はみごと、実現させた。剛腕とも思える腕力はズバ抜けていた」

 だが腕力だけでは官僚たちを動かせない。重要なのは目配り、気配りだった。

「角栄には金にモノを言わせる政治家というイメージがあるが、実は官僚は金だけでは動かないもの。彼らがひれ伏すのは、政治家の持っている政治的能力なんです。角栄はそれに『情』を付け加えた。そこがすごいところでした」

 例えば、定年を間近に控えた官僚には、のちの天下りポストを用意。さらには、「関係者の身内に不幸があったとします。普通なら通夜や告別式に生花を出しておしまいというところ、3日ほどするとまた花を送る。花がしおれたら遺族が悲しむから、と言うんです」

 すると、それまで角栄を「金権政治家」と敬遠していた人々が、たちまちにして支持に回ってしまう。

「瞬時にして人の心を握る力、人心収攬術があったということ。それを天才的な政治手腕に組み入れた。だからこそ何十年政治家をやって1本も通せない議員もいる議員立法を、角栄は実に33本も通すことができました。この前代未聞の数字こそが、稀有な政治家、田中角栄という人物を雄弁に物語っています」

 一方、「風見鶏」と揶揄されながらも、日本経済の最盛期を支えた総理が中曽根康弘だ。佐藤栄作政権時代、第3次内閣では防衛庁長官のポストに就いたが、

「就任直後には『長官巡視』というのがあり、練馬の第一連隊に行くのが通例。ところが、中曽根はジェット戦闘機に乗り込み、重力に顔をゆがめながら北海道千歳の第7師団に“降下”した。しかもその夜には若い自衛隊員らを集めて車座で茶碗酒を酌み交わし、隊員たちの心をつかんだ、というエピソードもあります」

 中曽根の名言「名優は『出』が大事だ」を地で行くパフォーマンスには舌を巻くばかりだが、どんな状況でも機を見るに敏、その非凡さは折り紙付きだった。

「(総理時代)本来、ハトとタカの関係で合わないはずの後藤田正晴を官房長官に抜擢して内閣中枢に置き、その力、そして最大勢力である田中派の力を借りながら政権を上手に運営した」

 風向きを的確に捉えながらの実績とともに、中曽根はこんな言葉も残している。

「一方だけ向き、タイミングのわからぬ者に天下が取れるわけがない。『風見鶏』の声、あえて受ける」

 政界同様、激動の昭和にはユニークな財界人も多く生まれた。その1人が「最も重要なことは、自分1人で決めることだ」のセリフで知られる正力松太郎だろう。正力は元警察官僚。その後、経営不振だった読売新聞を買収し、日本テレビの開業に携わった。経済ジャーナリスト・松崎隆司氏の解説を聞こう。

「東大の柔道部出身だったこともあり、ひと言で言うと剛腕かつ豪胆な、文字どおり再建屋というタイプ。経営不振で今にも潰れそうな会社に乗り込んで立て直すのは、生半可ではできない。根性の据わった人物です。丁稚から叩き上げて社員を大切にした松下幸之助の経営手法とはある意味、対極にあるかもしれません」

 一方、ワンマンぶりを発揮するのではなく、「昭和の参謀」と呼ばれた人物もいる。伊藤忠商事元会長の瀬島龍三だ。瀬島は陸軍士官学校を首席で卒業し、大本営作戦参謀を歴任。シベリアに抑留されたあとにヘッドハンティングされ、伊藤忠に入ることになるが、

「繊維業界の衰退を予見し、伊藤忠商事を繊維中心の専門商社から重化学工業を中心とした総合商社に育て上げた。先見の明があったと同時に、状況の分析力にたけていたということですね」

 瀬島は「用意周到、準備万端、先手必勝」という言葉をよく口にしていたが、

「そのすごさは、卓越した交渉能力。どうすればビジネスという舞台で勝てるか、どうしたら企業を買収できるかを軍の組織論同様、戦略的に考えた。軍人としての経験を最大限、経営に生かしたのです。『報告書は1枚にまとめろ』『要点は3つにまとめろ』『結論を先に言え』といったことを部下たちに徹底させていた、というエピソードもあります」

 ただ、自身が神輿に乗ることはなく、最後まで社長の補佐役、偉大なる参謀であり続け、中曽根政権でもアドバイザーを担った。

「彼らの気持ちの中には自分の組織の利益のためだけでなく、社会のため、国家のためにとの思いがあった。それが平成の経営者との大きな違いかもしれません」

 戦後の焼け野原から新しい日本を作るという使命。それが、昭和の政財界人を支えた信念であり、今の日本の礎になったのである。

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