ニッポンの特撮映画に、「ヴァンプ(妖婦)女優」と呼ばれた花がいた。宇宙人から南海の美女、さらに総理大臣を演じてゴジラを支えたのが水野久美(79)だ。
──東宝の専属女優として、早い段階から特撮モノの出演は多いですね。中でも「マタンゴ」(63年)は、若者たちが不気味なキノコに浸食される描写が、トラウマ映画の元祖となりました。
水野 私も最後は禁断のキノコを口にして、恍惚の表情で「おいしいわよ」って言うのよね。
──そして、初めてゴジラ作品に加わったのが、ゴジラが「シェーッ!」をしたことで有名な「怪獣大戦争」(65年)です。
水野 そう、地球侵略を狙う「X星人」こと波川玲子ね。宇宙人でありながら地球人の科学者・グレン(ニック・アダムス)と恋に落ちて、自分の使命にとまどう役でした。
──特撮には珍しくメロドラマの要素が入り、海外にもファンが多い一篇です。
水野 98年には宇宙服を着た波川玲子のフィギュアまで作っていただいたけど‥‥残念ながら顔はちっとも似ていなかったわ(笑)。あの宇宙人の衣装は体型もはっきり出てしまうので、すごく恥ずかしかったんです。それがある日、ふと「これを着たら何でもできるような気がする」と思ったらラクになりましたね。
──続いて「ゴジラ・エビラ・モスラ 南海の大決闘」(66年)では、南海のインファント島の娘・ダヨに扮しています。
水野 こっちのほうがX星人より大変だったかも。原住民に見せるために全身に黒いファンデーションを塗るんですけど、当時は品質が悪いから、1時間もすると呼吸困難になっていましたね。
──まだ特撮というジャンルも初期にあたりますが、撮影には苦労がつきなかったと思います。
水野 皆さんおっしゃるでしょうけど、特撮とドラマの距離感ですよね。監督に「ゴジラが10メートルに迫っている、次は5メートル!」と言われても、目線の感覚がつかめない。1度、円谷プロさんを見学させてもらい、怪獣の頭の部分を見ていたら、何となくわかった感じがしました。
──そして世紀をまたぎ、久々に出演したのが02年の「ゴジラVSメカゴジラ」で、ゴジラに再び襲われた日本の総理大臣役でした。
水野 息子(俳優の水野純一)も共演していて、むしろ息子のほうが大喜びしていましたね。
──さらに「ゴジラ FINAL WARS」(04年)では、地球防衛軍の司令官として「波川玲子」が復活。
水野 X星人が乗り移った偽物として撃たれるシーンがあるんです。耳栓をして、弾着をつけて、後ろにバーンと倒れながら、それでも目を見開いたまま、まばたきひとつしてはいけないと。後ろにマットは敷いてあったけど、この年で久しぶりのアクションが楽しかったですね。
──水野さんにとって「ゴジラ」はどんな存在?
水野 私にとってはあの顔が怖くない、とてもかわいらしい記憶ばかりが残っていますね。私がデビューした頃の東宝は、文芸路線と特撮に二分されていて、どうしても特撮は下に見られていた。それを「マタンゴ」の撮影中、先輩の太刀川寛さんに「どっちの芝居も同じだ」と言われて、ようやく、意識しなくなりました。
──世界的な評価は、特撮のほうが上でしょう。