「昔あれだよ。○○大(某有名大学)出て、テレビ局入ってよ、すぐに俺の番組のADに付いたんだけど、中学しか出てないタカに怒られて、すぐ辞めちゃった奴いたな」
誰もが知っている大学を卒業し、晴れて華の業界に就職するも、わずか数年で、勉強などまったくしたことのない、“何も着ないのがユニホーム”な、たけし軍団に叱られて辞めてしまうという、青年の何とも言えぬ人生の不条理さを、殿は笑いながら語ったことがありました。
しかし、よりによって、就職してすぐ就いた担当がたけし軍団とは、その方、つくづく、運が悪かったと言わざるをえません。心中をお察しします。
で、殿はさらに続けて、
「俺たちの世界ほど家柄や学歴が関係ない世界もないな」
と、強くダメを押したのです。サラリーマンを2年ほど務め、たけし軍団へと“とらばーゆ”したわたくしが思うに、普通の社会では、間違いなく学歴や家柄は圧倒的に有利です。が、そういったものがまったく通用しない世界もあり、特に「芸能」といった世界は、その人の“マンパワー”こそが、最も求められる商品価値だったりします。殿は酒席などでたびたび、
「この世界はどこで生まれようと、学校を途中で辞めてようと、何だっていいの。ちゃんとお笑いを考えられる頭さえあれば、何だっていいんだから」
と、おっしゃっています。
ちなみに、某有名大学を卒業して、わがオフィス北野に入社した、ある新人マネージャーが、最初に任された仕事は、“どこでも好き勝手脱ぐ”井手らっきょさんの着ていたものを拾うことでした。そんな仕事ぶりを風の噂で知った、そのマネージャーの母親は「もう辞めて、帰ってきなさい」と、強く帰郷を促したそうです。とにかく、わたくしも端っこのほうで参加している“芸能”という世界は、世間の常識が通用しない異世界であり、だからこそ、厳しく個人の実力が問われるわけです。
以前、あるお笑い芸人の息子、いわゆる二世の方が、ネタを披露している番組を殿と拝見する機会があったのですが、この時、殿は、
「俺たちの世界ほど正直なものはないな。親がどんなに有名だろうと、だからって息子がネタやってウケるなんてことはなくてよ。ダメならダメで、ちゃんとお客が判断するんだから」
と、やはり“お笑いは甘くない”といった見解を示していました。
そういった訳で、常々、“家柄も学歴も経歴も、お笑いの前では無意味である”と、強く言い切っている殿のもとには、毎年、受験結果の出そろう3月あたりに、挫折した若者がやってきては、青い顔で弟子入りを志願してきます。そんな季節になると、殿は必ず、
「昔よ、俺が弟子入りを断わったら、『じゃー森進一さんの事務所を紹介してくれませんか?』ってバカ野郎がいたけど、あいつはいったい何になりたかったんだ!」
と、思い返しては嘆くのでした。
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◆プロフィール アル北郷(ある・きたごう) 95年、ビートたけしに弟子入り。08年、「アキレスと亀」にて「東スポ映画大賞新人賞」受賞。現在、TBS系「新・情報7daysニュースキャスター」ブレーンなど多方面で活躍中。本連載の単行本「たけし金言集~あるいは資料として現代北野武秘語録」も絶賛発売中!