日本のドラマ史において、物語の結末と役者の生命がシンクロしたのは、田宮二郎(享年43)の「白い巨塔」(78~79年、フジテレビ系)だけ。配下の金井助教授役だった清水章吾(74)は、刻々と変化する田宮を見届けた。
──田宮二郎とは、これが初めての共演ですか?
清水 そう、僕の中では勝新太郎さんと組んだ「悪名」シリーズ(大映)の、ニヤッと笑う田宮さんね。ああいう二枚目は他にいないから、一緒にやれるのはうれしかったね。
──大学病院を舞台に、熾烈な教授選や医療過誤裁判が物語の柱となりました。
清水 当時、フジテレビは河田町にあって、田宮さんはカバンを抱え、入って来る時から「財前五郎」になりきっていたよ。
──過去に前半部分を映画で演じていたこともあり、前後編を演じるのは悲願だったでしょうから。
清水 山本學さんに金子信雄さん、小沢栄太郎さんや佐分利信さんに、曾我廼家明蝶さんと、これ以上ないくらい役者もそろえてね。
──ただ当時の田宮は、深刻なそううつ病を抱え、さらに怪しげなビジネスに巨額の投資をしたことも明らかになります。
清水 確かに、リハーサルの間にどこかへ1時間くらい電話をかけることも多かった。それで財前五郎が教授になり、僕がやった金井も講師から助教授になって、財前教授の総回診、俗に言う「大名行列」の撮影の時にボソッと「女房が俺の命を狙って毒を飲ませるんだ」と言うんだよ。
──家族としてはそううつ病の薬を飲ませたかったのでしょうけど、聞き入れてくれない。そもそも、この年は仕事を入れず、静養させたかったようです。
清水 それでも‥‥田宮さんは「白い巨塔」への思いが強かった。財前を訴える側の弁護士を児玉清さんが演じていて、法廷のシーンで「財前さん、あなたは知っていたんですか!」と詰め寄る。そこは田宮さんが「そっといなす」という台本なのに、激高して「何! 今、何て言った!」と本気になっちゃった。
──それは財前五郎が「憑依」していたと?
清水 そういうことだね。ただ、後半はうつ病のほうが深刻になってきて、セリフが頭に入らない。僕に対して「金井君、一杯やろうか」と言う場面で「‥‥誰だっけ?」「金井です」というようなことが何度もあった。奥さん役の生田悦子ちゃんは、田宮さんに「あなた、死ぬんじゃないの?」と口にしたくらいだから。
──そして劇中の財前は、ガンの権威でありながら、みずからが手術不能のガンにより死亡。布をかぶせてストレッチャーに乗せられていく場面はエキストラでいいはずなのに、自身が演じたと記録されています。
清水 田宮さんは顔を覆っていた布を取って周りを見渡し、大物俳優からチョイ役の人まで、みんなが自分に涙してくれているのを見て「役者冥利に尽きる」と言ったんだ。逆算したら、田宮さんは、あれで自身の最期を見届けたんだよ。
──そして全てを撮り終えた直後の78年12月28日、猟銃自殺という形で、放映を2話残しながら生涯を終えました。
清水 すぐに特番が組まれ、僕や生田悦子、島田陽子や高橋長英がスタジオに呼ばれたけど、誰も「まさか」とは思わなかった。むしろ「やると思いました」という感じだったな。
──ある意味、そのことでドラマが不朽の名作に昇華したとも言えます。
清水 そう、実際に「白い巨塔」を観て医師になった人は多かったから。