東京都国立市の大谷俊樹市議はもともと、非常にオーソドックスな形で市議になった人物だ。大学を卒業して政治に興味があったことから国立市選出の都議の秘書になり、その縁もあって、都議の支援者が経営する建設会社に入社。しばらくサラリーマン生活を送った後に、大学時代の友人でもあった市議がトラブルを起こし、その「代役」として2015年の市議選に立候補して当選する。
選挙戦では自民党の推薦を受け、友人の「地盤」も譲り受けた形で、立候補の段階で、当選はほぼ確実な情勢だったという。
ただ「政治家だけにはならない」と約束して結婚したこともあり、妻は市議になることに大反対。それでも出てしまったのは、勤めていた会社の社長を通して当時の市長と知り合い、その市長からの「出てくれ」との依頼によるものだった。さすがに市長の頼みでは、妻もNoとは言い続けられない。
4年の任期を終え、次の2019の選挙には、再出馬する踏ん切りがつかず、元のサラリーマン生活に戻った。そこで初めて、自発的に「市議をやりたい」気持ちが芽生えてきたという。本人の弁を聞こう。
「たまたま、その2019年の選挙で国立市の自民党議員が減って、せっかく私が議員時代に手掛けていた事業がスムーズにいかなくなってしまうかもしれない、と思ったんですね。それならもう一度やって、けじめをつけたい、と」
具体的にいえば、手掛けていたのはJR南武線の立川・谷保間の高架化や、矢川駅南口前の整備など。さすがに建設会社にいただけあって、インフラ整備事業に関するものが多い。いや、それだけでなく、地元でとれる山ブドウを使った「国立産ワイン」を作り、地元の産業振興につなげようと、矢川駅前にワインバー「大谷バー(ダイヤバー)」を出店した。
まさにヤル気満々で、2023年の市議選に備えた。人生を懸けてチャレンジするはずだったのだが…。
「前回、支援してくれた地域の人たちの多くに、そっぽを向かれてしまったんです。『一度は勝手に辞めた人間が、何をいまさら』と」
国立市は文教地区で、しかも東京中心部のベットタウン的なイメージが強いが、まだまだ昔から住む地主層などの影響力は大きい。とりわけ自民党支持層は、その割合が高いのだ。前回の選挙ではその「地盤」に乗っかって楽々と当選を果たしたが、その「地盤」が揺らいだら、どんな事態が待っているのか。本人が厳しい選挙戦を振り返るには、
「前回はあんなに支援者がいる中で落ちちゃいけない、とプレッシャーがきつくて、当確が出るまでトイレにこもっていた。それが今度は『落ちてもともと』という開き直りがありました」
開票状況は思わしくなかった。これはダメかな、と事務所に集まった人たちの前で敗戦の弁を述べ始めたところに、駆けつけた国会議員秘書が「おめでとうございます。大谷さん、当選です」と言う。得票は806で、なんと定員21人の21位。最下位当選だった。
「盛り上がりました、事務所が。なまじ真ん中くらいで通るより、最下位ってすごいじゃないですか」
彼が目指しているのは「まち興し」ではなく「まち沸かし」。誰かが手を差し伸べて街を活気づけるというよりも、みんなが一緒になって自然に街が盛り上がるようになっていくのが理想だという。そのために、市議会にはもっとフレッシュな人材が入ってくることが不可欠なのだ。
(山中伊知郎/コラムニスト)