佐賀県神埼市の民家に陸上自衛隊の戦闘ヘリコプターのAH64D(通称・アパッチ)が墜落した2月5日の晩、「防衛族」と呼ばれる自民党議員と話す機会があった。
すると、事故の状況や原因よりも、まず口にしたのは「オスプレイ」だった。
「地元に根回しをして、一つ一つこじあけながら進めていた(自衛隊が導入する)オスプレイの佐賀空港への配備がこれで一気に厳しくなった。これから官邸と防衛省は大変だ‥‥」
前出・議員によれば、「佐賀は日本の安全保障政策にとって重要拠点」だという。
14年、安倍政権が発足直後にさっそく着手したのが、民主党政権で迷走した沖縄の米軍基地問題だ。
普天間飛行場の辺野古移設について沖縄県民の理解を得るためにも、米軍基地を本土で分担する検討を行った。結果、地政学的にも朝鮮半島に近く東アジアをカバーできる場所として佐賀空港が浮上したのだ。
まず、沖縄の米海兵隊の最新鋭輸送機オスプレイの訓練拠点として活用する案を練って、地元との調整を開始。しかし、オスプレイは海外で事故が多発しており、安全性がネックとなって地元の反対で結局は頓挫した。
そこで、官邸や防衛省が考えたのが、段階的に事を進めるというものだった。
「米軍のオスプレイではなく、自衛隊が導入するオスプレイをまず佐賀に配備する。そして、しっかり運用して地元のアレルギーを薄めたのちに、日米共同訓練といった形などで米軍のオスプレイにも広げていこうというプランだった」(防衛省OB)
自国の自衛隊が配備するオスプレイとはいえ、地元はすんなりとは了承しない。佐賀県や関係自治体は安全性などを理由に受け入れず、政府との間で交渉が続いていたのだった。
政府は新年度予算案には佐賀空港配備の調査費も計上していた。そこへ起きたのが、今回の事故だ。
小野寺五典防衛相は10日、11日と現地入りし、佐賀県知事らに謝罪。さらに、第三者の学識経験者も交えて原因を究明する考えを示した。
だが、報道陣が佐賀空港への自衛隊オスプレイ配備計画に対する影響を尋ねると、小野寺防衛相は「申し上げる状況にない」と重苦しい表情を見せていた。前出・防衛省OBが言う。
「今回の事故は、隊員は死亡したが、民間人が犠牲にならなかった。これは奇跡としか言いようがない。事故機はオスプレイではなく、ヘリだったが、この衝撃によって、地元の受け入れは完全にストップするという考えに立ったほうがいいだろう」
この通常国会が始まる前、公明党幹部は重要なテーマとして「安全保障」をあげていた。
それは北朝鮮の脅威に対し、敵基地攻撃能力を持つべきかどうか、が焦点となる。予算案でミサイル防衛の整備を計上しているが、敵基地攻撃となると、これまでの専守防衛論を根本から議論せねばならない。
「憲法9条改正で自衛隊がどんな時に軍事力を使えるのかまで書き込むか、そんな難問を抱えている時に、今回の事故が起きた。国民は安全保障問題に対して慎重になる可能性がある。安倍政権がこうした安全保障問題に一つ一つ理論立てて答弁し対応できるのか? 憲法9条だけでなく、オスプレイ配備についても安倍政権には注文をつけていく」(公明党幹部)
今回の事故を契機に、連立与党内の緊張感が増していくことだろう。ひいては、安全保障の国会論戦にも大きな影響を与えることは必至となったのだ。
ジャーナリスト・鈴木哲夫(すずき・てつお):58年、福岡県生まれ。テレビ西日本報道部、フジテレビ政治部、日本BS放送報道局長などを経てフリーに。新著「戦争を知っている最後の政治家中曽根康弘の言葉」(ブックマン社)が絶賛発売中。