「とにかく丁寧に‥‥」
通常国会を前に、安倍首相は予算委員会の自民党理事らとの会合で、そう指示した。今年9月に三選をかけた総裁選が予定されている。
「去年はモリカケ問題の対応で支持率が下がった。その失敗を繰り返さず、とにかく総裁選までは頭を低くして謙虚に行くということだ」(首相側近議員)
それなのに、安倍政権の慢心を目の当たりにすることになるとは‥‥。1月29日、今国会最初の予算委員会を取材したが、閣僚席の緊張感のなさには目を覆いたくなるほどだった。
休憩を挟んで、午後1時から始まる質疑の10分ほど前、私は報道カメラとともに委員会室に座った。閣僚たちが次々に入ってくる。これまでの取材経験から、閣僚というものは委員会室の扉の前で一礼するや、表情を一様に厳しくするものだ。もちろん、テレビカメラがスタンバイしているのだから、ヘラヘラするわけにもいかない。
だが、この日は違った。入室する閣僚は誰かれかまわず言葉を交わし、談笑しているではないか。冗談でも言い合っているのだろうが、肩や背中を叩き合う姿には違和感を覚えた。
議席3分の2を占め、今年は国政選挙もない。そのうえ、野党結集もうまくいっていない──。そんな理由から緩みきっているのではないか。
そんな空気は、審議に移っても同じだ。「丁寧に」と指示した首相本人が、こんな調子なのだ。立憲民主党の本多平直議員が、ヘリのトラブルが続発している沖縄の米軍基地問題を取り上げた時だ。第二次安倍政権以来、沖縄に何回、行ったのかを問われると、
「突然のご質問で、すぐには答えかねますが‥‥」
と逃げ腰の対応に野党からはヤジが飛ぶ。
「委員以外の方がうるさいので注意していただけますか。大切なことは、しっかりと沖縄の負担軽減のために結果を出していくということなんですよ」
質問に答えない安倍首相に、本多議員は繰り返し回数を問いただすが、
「申し訳ないですが、御党の前身の党では1ミリも進まなかったのは事実‥‥」
こう質問をかわす首相に対し、本多議員は「わずか7回。普天間を見たのは1回。寄り添っている姿勢とは思えない」とブツける。すると、首相がキレて、
「いろいろと居丈高におっしゃっていますが、安倍政権においては、しっかりと軽減を進めてきている」
感情的になる安倍首相は、これまでも見受けられた。ここまで答えずに相手を批判したとなると、みずから指示した丁寧な答弁はどこへいってしまったのか、と言いたくなる。
弛緩した答弁は首相だけではない。茂木敏充・経済再生担当相が線香を有権者に配布。公職選挙法違反ではないかと追及を受けた。茂木氏は「議員活動についてはここで答える必要はない」などと、丁寧とは言いがたい答弁に終始。
さらに、同委員会で「違法性はない」と茂木氏を擁護した野田聖子総務相と、質疑中に談笑する姿がテレビ中継に映し出され、足元の自公の国対から「気を引き締めろ」「説明責任を果たせ」と注文がついたほどだ。
「本来なら官邸が主導して、茂木さんの答弁を弁護士や国対などと協議のうえで、しっかり準備すべきだった。だが、茂木さんに任せきりで‥‥。緊張感のなさから小さな風穴が開き、政権が危機に陥ることもある」(自民党中堅議員)
重要な政策課題が山積みだというのに、緩みきった議論を続けることは、国民への背信でしかない。
ジャーナリスト・鈴木哲夫(すずき・てつお):58年、福岡県生まれ。テレビ西日本報道部、フジテレビ政治部、日本BS放送報道局長などを経てフリーに。新著「戦争を知っている最後の政治家中曽根康弘の言葉」(ブックマン社)が絶賛発売中。