先週は、ガンの部位別5年生存率をお伝えしました。最も生存率の低い膵臓ガンの5年生存率が7.9%なのに対し、前立腺ガンは97.5%と、5年後に亡くなっているケースはごくわずか。「死なないガン」と言ってもいいでしょう。
前立腺は男性だけにあり、精液に含まれる前立腺液を作っています。前立腺ガンは初期症状がありません。ガンが大きくなると尿道を圧迫され、尿が出にくくなったり、頻尿になったり、残尿感を覚えることで気づく場合があります。前立腺肥大症と同じく、夜間尿が多くなるのも特徴です。
前立腺ガンはガンとしての悪性度は低い傾向にあり、進行はスローで生命の危険が少ないケースも多々あります。体への影響が小さいと診断された場合は経過観察を行いますが、症状やステージによっては、転移を防ぐため、すぐに治療を行います。個人個人の症状により治療方針が異なるので、選択すべき治療法のリスクを頭に入れておきたいところです。
では、ここで質問です。前立腺ガンと診断された場合、治療法としてリスクが低いのは「手術」「放射線治療」「ホルモン治療」のうちどれでしょうか。
前立腺ガンの治療法で最も効果的なのは「ホルモン治療」です。子宮ガンにかかった女性が卵巣を摘出するのと同じ理屈で、男性ホルモンをなくせばいいわけです。
現在では「科学的除睾術」と呼ばれている治療法がメインです。男性ホルモンを打ち消す薬を飲んで前立腺を小さくする=ホルモン治療ですが、この場合、去勢によって女性っぽくなります。ヒゲは薄くなる、胸が膨らむ、肌が艶っぽくなる、勃起がしづらくなるなどの副作用が存在します。しかし、いわゆる抗ガン剤の副作用とはまるで異なるため、ホルモン治療を受ける人は年々増えています。
放射線治療とは前立腺を放射線で焼く手術です。赤外線が皮膚を通過して前立腺に照射されるため、痛みはありません。皮膚を焼かずにガンだけを焼くものです。通院治療できるのがメリットですが、治療期間が長引くケースが多く、ホルモン治療や除睾術と同じく、男性機能喪失のリスクが伴います。
この放射線治療は「X線療法」と呼ばれますが、近年は粒子線治療という新たな治療法が確立されています。これは体の中を進んだ粒子線が病巣部周辺のみに高いエネルギーを与えます。X線治療よりも高い量の放射線をピンポイントで照射するわけで、治療効果も高くなります。
また、前立腺ガンの新たな治療法として注目されているのが「小線源療法」です。これは放射線を出す小さな線源(カプセル)を肛門から前立腺内に埋め込み、前立腺の内部から放射線を照射する治療法です。これはゆっくりと前立腺を治療してくれ、また放出される放射線はしだいに減少していきます。ただ、放射性物質を体に埋め込むリスクがあります。
昔からいちばん多いのが「除睾術」と言われる精巣摘出手術です。いわゆる外科手術により男性ホルモンがなくなり、肥大した前立腺も縮みます。手術のため入院もしなければなりませんが、長期的な病状コントロールが期待でき、また病理診断で症状が観察できるメリットがありますが、排尿障害や勃起障害などが起こります。
以上の治療法をリスクが低い順に並べると「ホルモン治療」「放射線治療」「手術」となりますが、このように、さまざまな治療法が確立されているため、前立腺ガンの5年生存率は高まっています。ただし、どんな治療法にも男性機能喪失のリスクが生じることは覚えておいてください。
■プロフィール 秋津壽男(あきつ・としお) 1954年和歌山県生まれ。大阪大学工学部を卒業後、再び大学受験をして和歌山県立医科大学医学部に入学。卒業後、循環器内科に入局し、心臓カテーテル、ドップラー心エコーなどを学ぶ。その後、品川区戸越に秋津医院を開業。