『課長 島耕作』シリーズやドラマ化された『黄昏流星群』の作者・弘兼憲史氏は今年71歳。古稀を超えてなお数多くの作品を執筆、週刊アサヒ芸能連載をまとめた『長生きだけが目的ですか?』(徳間書店)など、人生100年時代の生き方、死に方についての発言も多い。無類の映画好きを自認する弘兼氏にオススメの老活&黄昏シネマを聞いた。
『黄昏流星群』の連載を始めたのは、私が48歳のときでした。いま考えると48歳はバリバリの働き盛り。
今回のドラマ化の原作になっている連載第1回目の『不惑の星』の主人公がラスト近くで、「盛本芳春、五十三歳、平均寿命まであと二十三年」「長い長い黄昏をどうやって生きるか、これから二人で模索してゆきたい」と独白させているんですが、当時76歳が男性の平均寿命でした。現在は男性81歳、女性87歳ですから、この23年間に5歳も平均寿命が延びている。この間に定年も55歳から60歳になり、さらに65歳まで延長されてきています。
いま私は71歳で古稀を過ぎましたが、日本資本主義の父と言われた渋沢栄一の言葉に、「四十、五十は洟垂れ小僧、六十、七十は働き盛り、九十になって迎えが来たら、百まで待てと追い返せ」というのがありますが、そんな気分ですね。
『東京物語』
尾道に暮らす老夫婦が東京の子供たちを訪ねるというこの作品の見所は、主人公の笠智衆さんの立場に立って観ると、結局「年をとってみると自分たち親の存在は自分が思っているほどには重くないのだ」ということを自覚させてくれるところだと思います。
1975年に日本公開された『ハリーとトント』も、妻の死後、息子や娘のところに愛猫のトントと一緒に訪ねていく72歳の男のロードムービーですが、『東京物語』と同じで、子供とか周囲に頼らず自分一人で生きていく、少なくともそういう意識でいなければということを認識させられます。
『アバウト・シュミット』
ジャック・ニコルソン演じるウォーレン・シュミットという定年退職した主人公は、妻が急死し、離れて暮らす婚約中の一人娘を訪ねていきますが、誰からも必要とされない存在になってしまった自分に気づきます。しかし旅を終えて帰宅してみると、支援していたアフリカの子供から感謝の手紙と絵が届いていて男は号泣。誰にも必要とされないと思っていても、必要としてくれる人はいるものだし、過去の地位や家族なんかにしがみつくことなく、謙虚に慎ましく生きて行くべきだと考えさせられます。
『トゥルー・グリット』は、14歳の少女が、父親を殺した犯人に復讐するため、隻眼のガンマン(ジェフ・ブリッジス)を雇って仇討ちの旅に出るコーエン兄弟による西部劇。苦難の旅の果てに、ついに仇討ちを果たしますが、少女は毒ヘビに噛まれてしまいます。老ガンマンは瀕死の少女を担いで走りに走って医者に届け、少女が目覚めたとき、すでに男は姿を消しています。身を犠牲にして本当の勇気(トゥルー・グリット)を示した男のカッコ良さ。
『ミリオンダラー・ベイビー』は、老トレーナーと女性ボクサーのサクセスストーリーの前半とはうって変わって、後半には反則パンチを受け全身不随になってしまった女性ボクサーが、安楽死を訴えます。ついにはすべてを捨てて彼女を安楽死させ、一人世の中から姿を消していく老トレーナー。
この2本の映画は、このようにありたいと私が思うカッコいい年寄りの姿です。
弘兼憲史:1947(昭和22)年、山口県岩国市生まれ。早稲田大学法学部卒業後、松下電器産業(現・パナソニック)勤務を経て74年漫画家としてデビュー。以来、漫画界の第一線で活躍し、『人間交差点』『課長島耕作』『黄昏流星群』などヒット作を次々と生み出している。また、『弘兼流60歳からの手ぶら人生』(海竜社)、『長生きだけが目的ですか? 弘兼流「人生100年時代」の歩き方』(徳間書店)など、中高年の生き方に関する著作も数多い。07年、紫綬褒章を受章。