──伊集院さんにとって、最新刊でも「別れる力」(講談社)というタイトルにしていますが、人生において別れを経験することで力を得るということがそういうことなんですね。
伊集院 「別れる力」ってのは、本当にあるんだよ。昔、あんまり馬券が外れるんで、ちょっと考え直そうって思って北海道のサラブレッド育成場に行ったんです。それで夕方になると一頭の仔馬がずっと泣いてるんです。「何あれ?」って聞いたら「あれは今日、母馬と別れたばかりなんだ。もう二度と会うことはない」って。ずっと母馬がいないから泣いてるんだって。
私が「かわいそうだね」って言ったら、牧場の人は「全然かわいそうじゃない」って言うんですよ。「この馬がこのまま朝まで徹底して泣いてたら、この馬は強くなる。途中であきらめる仔馬はダメだ。あの名馬もこの名馬もみんな朝まで泣いてた」って言うんだよ。「明日の朝、牧場を見てごらんなさい」と。翌朝牧場に行くと、少し前に着いた仔馬が一斉に走りだした時、朝まで泣いてた仔馬は彼等を追いかけて先頭に立とうとするんだ。朝まで泣くってことが力を備えさせたって言うんだよ。
──その思いの強靱さが馬に限らず、生命の強さにもつながるということか。
伊集院 あとメタセコイアって世界でいちばん高い、100メートル以上まで育つ木があるんだ。その木の種が、突風によってざっと一斉に種が木から離れるんだ。その時に遠くに飛べば飛んだ種ほど大きな森を作る。下に落ちた種は母親の木の栄養分で、全部育たなくなってしまう。
自然界は、別れる時に、力を備えていなければ生き残っていけない。別れるっていうのはすごく力を備えさせるっていうことなんだね。
それだけの生き方で歩いていくことが別れた人への御礼なんじゃないかな。