戦慄するほど残酷な殺人事件の犯人が弱々しい人間であることは少なくない。私が会った中では、堺市連続資産家殺害事件を起こした西口宗宏被告(57)もその一人だ。
西口は11年11月、堺市のショッピングセンター駐車場で歯科医夫人の60代女性を襲い、現金約31万円やキャッシュカードを奪って殺害。さらに同年12月、象印マホービン元副社長の80代男性宅に押し入り、やはり現金約80万円を奪って殺害した。殺害方法はいずれも顔にラップを巻きつけ、窒息死させるという、むごたらしいものだった。
そんな西口は、報道でも恰幅のいい不良中年風の写真ばかりが流布していた。それだけに14年の夏、初めて大阪拘置所で面会した時に、目の前に現れたやせて弱々しい感じの小男に少し面食らった。
「食欲がなく、御飯を食べても吐いてしまうんです」
そう言っていた西口だが、その日から現在まで面会や手紙のやり取りを重ねる中、体調は常に不安定だった。
中でも印象的な姿だったのは、16年9月11日、大阪高裁で控訴審の判決公判を傍聴した時のことだった。前回公判では普通に歩いていた西口は、刑務官に車椅子に乗せられて法廷に現れた。うつむき加減の顔は蒼白だった。
その日の判決も一審の死刑を支持する「控訴棄却」。公判後、西口は大阪拘置所の面会室で、こう語った。
「控訴棄却は覚悟していましたが、怖かったのかもしれません。朝起きたら足元がふらつき、歩けなかったんです。ご遺族には申し訳ないですが、やはり死刑の恐怖はありますから‥‥」
西口は罪の意識に加え、死刑への恐怖にも苦しめられ続けているわけだ。
こんな虚弱な男がなぜ、あんな凶行に及んだのか。
西口には前科があった。04年に保険金目当てで自宅に放火し、懲役8年の刑に服していた。犯行時は仮出所したばかりだった。交際相手の女性の家に身を寄せていたが、「就職できた」と女性にウソをつき、このウソをごまかすために金を得なければならない、と追いつめられていたため凶行に及んだという。
「今思うと、なぜ、そこまでして交際相手にウソをつき通そうとしたのか、自分でもわかりません。しかし、あの時はとにかく、お金をなんとかしないといけないという思いだけでした」
西口によると、ラップを顔に巻きつける殺害方法は「映画かテレビ」で知ったという。「刃物で刺したり、首を絞めたりするより怖くない」と思い、殺害方法として選択したそうだ。
情状鑑定によれば、西口は血のつながらない親に育てられ、母親に愛されている実感が持てなかったため、女性に愛されたい欲求が普通より強かったという。鑑定人の心理学者は、それが犯行の遠因だと指摘したが、西口の罪が許されざることに変わりはない。
今月12日、西口は最高裁に上告を棄却され、死刑が事実上確定した。以前は「極刑でしかたない」と語っていた西口だが、判決前に届いた手紙には、今年に入ってからまた精神的に不安定だとつづられていた。生きているかぎり、西口の苦悩は続くのだろう。
片岡健(ノンフィクションライター):1971年生まれ。新旧さまざまな事件を取材しているノンフィクションライター。新刊「平成監獄面会記 重大殺人犯7人と1人のリアル」(笠倉出版社)を上梓したばかり。