「実はジャニーさんが遺書を残していて、滝沢が莫大な遺産を相続するのではないかとささやかれているんです」
こう仰天情報を明かすのは芸能プロ幹部だ。ジャニー氏は最初に発掘したグループ「ジャニーズ」を売り出すため、62年に事務所を設立。以降、メリー氏と二人三脚で光GENJIやSMAPら40組以上のグループを手がけ、年間売り上げ1000億円以上とされる一大帝国を築き上げた。
「アイドルのプロデュース以外にはまったく興味を持たなかったジャニーさんの個人資産は300億円とも500億円とも言われ、そのうち100億円を滝沢に託すのだとか 。何かと権利関係に細かいアメリカでショービジネスを学んだジャニーさんのことですから、変な諍いが起きないよう、そのあたりはきっちりと書面に残したそうですよ」(芸能プロ幹部)
確かに、100億円もの大金があれば、気にかけていた滝沢傘下のジュニアたちが路頭に迷うことはなさそうだが‥‥。芸能ジャーナリストの竹下光氏はこう話す。
「ジャニーズの後継者はどう考えても『本体』のジュリー氏と考えるのが妥当でしょう。滝沢は子会社の社長にすぎません。にもかかわらず、一部のスポーツ紙は今後の事務所の運営について『Wトップ体制』などと、あたかも両者が同等のように報じていたのが印象的でした。すでに遺書に関する極秘情報をつかんでいるのかもしれません」
冒頭のように、ジャニー氏はタレントを「子供」と呼んでいただけに、「100億円相続」の噂も現実味を帯びてくる。
ここでジャニー氏の「タレント愛」がうかがえるエピソードを紹介しよう。
フォーリーブスの元メンバーで、現在は音楽プロデューサーの永田英二氏(64)が語る。
「出会ったのは7歳の時。それから年が若すぎるという理由でフォーリーブスを脱退して、ソロ活動を始めたのですが、その際には、1年365日つきっきりでサポートしてくれました。事務所を退所してからも、テレビ局などで、『YOU、元気か?』と声をかけてくれたことも。ジャニーさんの『アーティストである前に、一人の人間としてきちんとしないと一流にはなれない』という教えは、今でもしっかり覚えています」
75年に「汚れなき悪戯」でデビューした豊川誕(60)は、不遇の時代をジャニー氏とともに過ごした。
「ジャニーさんとは麻布にある合宿所でいつも一緒でした。よく御飯も作ってくれましたよ。ちょうど売れっ子の郷ひろみさん(63)が移籍した頃で、事務所の経営は厳しそうでした。にもかかわらず、『YOUたち食べなよ』とケンタッキーのチキンをどっさり差し入れしてくれましてね」
ある日、夜遊びに興じて朝帰りした豊川が合宿所で遭遇したのは、和田アキ子(69)だった。
「台所でアッコさんが皿洗いをしていたんです。朝まで麻雀でもしていたらしいのですが、タレントが食べ散らかしていた食器をジャニーさんが洗い始めて‥‥。見るに見かねたアッコさんが代わったそうです。『おい! お前らいつもジャニーに食器を洗わせてんのか!』なんて、こっぴどく怒られましたよ(笑)」
そんなジャニー氏の育成スタイルは、40年以上たっても変わることはなかった。