本番25分前、
「じゃー、着替えるか」
と殿が漏らし、スーツに素早くお着替えになると、楽屋からスタジオへ向かいます。
殿はよほどの事情がないかぎり、基本どの番組でもスタジオに一番乗りで入られます。せっかちな性格もあると思うのですが、わたくしは、それプラス“自分の番組だからって、一番最後に偉そうにスタジオに入ったりする、そんなわかりやすい男じゃねーぞ”といった、殿の意思表示をはっきり感じます。
毒舌でアナーキーなビートたけしは、こういったことに、常々気を配る繊細さを常に持ち合わせているのです。
さらに殿は遅刻をまったくしない方であり、仕事場に来る時は時間どおりに来る。そして、ここ最近はないのですが、来ない時には、なんの予告もなく突然来ません。
ちなみにわたくしが知る限り、そういった突然のドタキャンは5度程あったのですが、だからといって殿はまったく悪びれる様子もなく、翌日からまた普通にお仕事を再開されます。こういった、“1日ドタキャンしたぐらいで仕事がなくなるのなら、その程度の奴ってことだろ”的な、まことに性根の座った大胆さも持ち合わせているのです。
スタジオに話を戻しましょう。
22時、本番がスタートし、1時間半弱でこの日の放送も無事終了。
が、殿の仕事はここで終わらず、撮りだめのきかない生放送の番組のため、本番が終わるとすぐにTBSから飲食店に移動し、スタッフさんたちと来週の会議を始めます。
生意気にもこちらの番組にてブレーンというお仕事をさせていただいているわたくしも、やはりそのお店に同行し、会議に参加いたします。この会議は毎回、深夜1時過ぎまで行われるのですが、ここでも殿は店に着くなり、
「来週のオープニングはよ‥‥」
と、みずから舵をとって、“俺の番組は俺が内容を決める”といった意思表示をはっきりと提示されます。こういった企画会議での殿を見るにつけ、改めて〈天才であり、親分である〉と、本当に強く思うのです。
で、来週のネタがあらかた決まると、
「あとは大丈夫だな。じゃー、ちょっとお先に‥‥」
と、右手を「ごめんなすって」的に肩より上にあげながら、店を出ていかれます。その場にいた全員が殿を車まで見送り、「お疲れさまでした」と声あげると、殿は真っ白なイギリス産の高級車に乗り込んで、深夜の赤坂を後にするのでした。
ここでわたくしの1日限定復帰の付き人もなんとか無事終了となり、安堵のため息をもらしていると、なにやら強い視線を感じました。その視線の先には、「北郷さん、付き人として、あまり動けてなかったですね」的な、なぜか勝ち誇った顔をした、後輩のシェパード太郎さんが立っていたのです。