本番までの1時間半、殿は基本、テレビを見ながら時間を潰し、まず決まって、トイレには2度行かれます。もちろん付き人は、そのたびにタオルを持ち、殿の後を追うのです。
この時、9年ぶりに用を足した直後の殿にタオルを渡したわたくしは、一瞬ですが確実に身も心も、9年前へとフラッシュバックしたのです。
そして、楽屋に戻った殿は、テレビにも飽きると、いつの間にやらスタジオの隅に捨ててあったパネルやフリップをどこからともなく探してこられ、なにやらイタズラ書きを始めるのです。
この“待ち時間に大人がなにやらイタズラ的な遊びをして時間を潰す”といった行為は、北野映画の中でよく見かけるシークエンスです。
「ソナチネ」での、ヤクザが砂浜で相撲をとったり、落とし穴を掘ったり、ロケット花火で打ち合ったりするシーン。あるいは「菊次郎の夏」での、殿と子供が旅の帰り道にて、義太夫さんとらっきょさんが扮するバイクに乗ったダメな大人たちと海辺でたわむれるシーンなどなど‥‥。以前、
「映画監督なんてのは、自分の身に染みついたものしか撮れないんだよ」
と、殿がおっしゃっていたのですが、その言葉の意味が実によくわかる楽屋での風景であり、北野映画を理解するうえで、猛烈に腑に落ちる瞬間なのです。
フリップのイタズラ書きに飽きると殿は、
「こないだの○○の俺の放送が評判なんだって?」
と唐突に、確認作業のような質問をわたくしにしてきます。
この「○○の俺の放送」とは、先日某番組に殿がサプライズで登場し、下ネタ連発の替え歌をたっぷりと披露した時の放送であり、ゴールデンタイムにもかかわらず、殿が元気よく、
「タ~マキン、引っ張れ~♪」
と歌いあげる姿が、余すところなく放送されたのです。わたくし、殿の質問にすぐさま、
「殿、あれはネットでもかなり話題になってましたよ」
と、実際にわたくしが見たネットでのちょっとした騒動ぶりをお伝えすると、
「そうか。やっぱりあれにはネットのやつらも相当こたえたか!」
と、ちょっとよくわからない感想を嬉しそうに漏らすのでした。
ちなみに、この“確認作業”を殿はけっして怠りません。いつだって、
「こないだのオレの○○は見たか?」
「こないだの○○はツイッターでも評判か?」
などと、毎度必ず、自身の手ごたえのあるお仕事については評判を確認してきます。で、なぜかご自身が不得意なネット系の反応をわりと気にするのです。