「こうなるともう、ウツを通り越してヤケだな」
いまだ終息の見えない新型コロナウイルスの影響で、よもやの緊急事態宣言延長が発表される少々前、リモート出演のため、いつものテレビ局のスタジオではなく、都内某所に入った殿は、わたくしたち弟子との雑談の中で、こう吐き捨てたのです。わたくしの記憶が正しければ、確か2週間程前にも同じようなトーンでまったく同じ嘆きを漏らしていました。
最近の殿は、数多あるレギュラー番組のほぼ全ての収録が延期となり、在宅での待機を長いこと強いられ、日々、暗いニュースしか入ってこない未曾有の事態に、いつもよりやや元気がなく、さらには少しばかりイラ立っています。東日本大震災の時も殿は、
「こんな時だからお笑いが必要なんて言ってるヤツがいるけど、俺たちみたいな商売は、ちゃんと眠るところがあって、温かいごはんが食べられて初めて『お笑いでも見てみるか』ってなるわけで、今、無理して笑ったり笑かしたりなんてのはきついって」
と語ってくれたことがありました。今思えば、まだ不要不急の外出が禁止される2カ月程前、同じコロナの話題であっても、実に明るい雑談が成立していたのが懐かしい限りです。
そんな2カ月前のある日の楽屋のやりとりを思い出すままに記します。
殿 おい、コロナは年寄りがヤバイだろ? 俺も十分年寄りだから参ったな。大丈夫か?
わたくし 殿は年寄りと言っても規格外の年寄りですし、明らかに体が強くて若いですから大丈夫でしょう。
殿 そうか。まー、そのへんのジジイよりは少しは若いか?
わたくし はい。あと、こんなこと言うのもあれですが、殿の場合は子供の頃、さんざん足立区で体に悪い物を入れてきてるので、コロナぐらいじゃやられないんじゃないですか。
殿 そうだよな。誰がどう見たって体に悪そうな色の駄菓子や何か、さんざん食ってきてるしな。ちょっとやそっとじゃ死なねーか。
わたくし はい。
殿 だけど体に悪い物もそうだけど、俺ん家なんて玄関の横がオヤジのペンキの倉庫になってから、毎日、シンナーの臭いでラリちゃって、頭に悪い物もガンガン吸ってきてるから、俺は結構しぶといな。
最後は意気揚々と、劣悪な環境のおかげで今に至る驚異のタフネスぶりを存分にアピールしたのでした。
しかし実際、タレント生命を絶たれてもおかしくなかった、かの「フライデー襲撃事件」、さらには、本当に紙一重だった「バイク事故」。それらを悠々と乗り越え復活して今なお、最前線で40年近くもトップを張り続けている殿には、タフだけでは説明がつかない何かがあるとつくづく思うと同時に、コロナが明けた暁にはまたいつもの“全てをちゃかし、ふざけ、毒を吐く”殿の姿が容易に想像でき、今から一人勝手にワクワクする、わたくしなのです。
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◆プロフィール アル北郷(ある・きたごう) 95年、ビートたけしに弟子入り。08年、「アキレスと亀」にて「東スポ映画大賞新人賞」受賞。現在、TBS系「新・情報7daysニュースキャスター」ブレーンなど多方面で活躍中。本連載の単行本「たけし金言集~あるいは資料として現代北野武秘語録」も絶賛発売中!