殿はどのジャンルの話題でも、誰の話題であっても、確実に“それに付随する漫談”を持っていて、楽屋だろうとプライベートでの酒席であろうと、“とっかかり”さえあれば、瞬時に漫談トーンにて、わたくしたちに話をしてくれます。
以前、8人ほど座れるL字カウンターの個室がある焼き鳥屋さんで、殿を含め6人で飲んでいた時のこと。そこの個室は、なんでも、団体で6人揃えば貸し切りとなるが、5人だと、店が混んでいた場合は団体とは関係のないお客も入れる時があると聞いて、わたくしが「殿、もしも僕ら5人だけで飲んでる所に、関係ない人が個室に入ってきて飲みだしたら、ちょっと会話に気を遣いますし、入ってきた、その人も嫌でしょうね」と、話を向けると、殿は一度はっきりと「うん」と、うなずいたあと、
「そういえば昔、浅草の狭い店で芸人10人くらいでワイワイやりながら貸し切り状態で飲んでたら、そこにヤクザが1人入って来たんだよ。そしたら、さっきまでの盛り上がりがウソみたいに、一気にみんな黙りこんじゃってよ、お通夜みたいになったことあったな」
と、さっそくストックネタを披露したのです。
なんでも、そのヤクザは別に脅かすわけでも、威嚇するわけでもなく、静かに1人黙って酒を飲んでいただけだったのですが、その場にいた芸人10人は気になって仕方がなく、かといって、ヤクザが来たからすぐに店を出るというのもあからさますぎて行動に移せず、ただただ、皆で静かに黙り込んで酒を飲み続けた夜があったそうです。「焼き鳥屋の個室」といった“角度”からであっても、ご自身の体験を元にした漫談を持っている殿、最高です。
で、この原稿を書き出す2日程前、ヨーロッパで活躍された、世界的デザイナー・高田賢三さんがお亡くなりになったと、速報で知ったわたくしが、兄弟子の〆さばアタルに「殿と高田賢三さんって、どこかで接点とかってあったんですかね?」と、素朴な疑問をぶつけると、
「そういえば昔、殿がラジオで『こないだ、いつも行ってる飲み屋に顔出したら、店の人が“たけしさん、ケンゾウが来てますよ”って言うから“なんだ、松尾の野郎(弟子の松尾伴内さんのこと。松尾さんの本名は松尾憲造といいます)、偉そうに1人で酒なんか飲み来てんのか。ちょっと行ってからかってやるか!”って周りのヤツに言って奥のテーブルに探しに行ったら、高田賢三さんがいてよ。“どうも、たけしさん。デザイナーの高田賢三です”って丁寧に挨拶されて参っちまったよ。まさかそっちのケンゾウが出てくると思わねーじゃねーか。店のヤツも店のヤツだよ。紛らわしい言い方しやがって! なんだか、恥かいちまったよ』って話をしてたことあったよ」
と教えてくれたのです。店でも物でも人でも何でも、とにかく、どこからでも“全方位対応型”の漫談を持っている殿、強いです。
ビートたけしが責任編集長を務める有料ネットマガジン「お笑いKGB」好評配信中!
◆プロフィール アル北郷(ある・きたごう) 95年、ビートたけしに弟子入り。08年、「アキレスと亀」にて「東スポ映画大賞新人賞」受賞。現在、TBS系「新・情報7daysニュースキャスター」ブレーンなど多方面で活躍中。本連載の単行本「たけし金言集~あるいは資料として現代北野武秘語録」も絶賛発売中!