電車に乗車した後は、もう乗務員やら駅員やらの姿を見るだけでコワいわけですよ。
「お前、ちゃんと金持っているんだろうな!」と全員が鬼に見えて…。
まぁ気のせいだったわけですけど、電車の車窓を眺めていると、耳障りな声で「おおおぃぃい! あなたのことは見つけたよ」なんて言葉が聞こえる。これ、後で先生に聞いたんですが《せん妄》という幻聴や幻覚の兆候だったわけですよね。
恐ろしくて、恐ろしくて、スーツが冷や汗でびっしょり。電車の窓からは手みたいなのが飛び出すし、通過する駅からじっと凝視してくる女がいるし、何だよこれと思いながら、やっと京都に到着。
駅員全員が敵に見える中で、とにかく普通なら到底帰り着くことができないような距離をトボトボと歩きます。自宅に帰りつければ、大好きな《アルコール度数9%の缶チューハイ》が飲める、と病院で拝借した便所スリッパの底をすり減らしながら帰りました。
やっと帰宅。シャワーを浴びてキッチンへ…。さっそくグラスに注がれた酒を口からお出迎え。いやぁ、幸せだ。鍋をふるう手にも活気がみなぎります。つまみをつくり、原稿を書きながらゆっくりとアルコールに身を委ねる。至福の時間が流れます。しかしながら、呑兵衛の私はこの時、飲酒を再び続けるとかなり大変なことになるということをこれっぽっちも想像していませんでした。
それから1週間、発熱や頭痛、のどの痛みなどの感冒性症状、ゴボウの灰汁でも入ったんじゃないかという褐色のおしっこ、脂っこいものが食べられない食欲不振、水を飲んでも襲われる吐き気、全身を襲う倦怠感など体調が変だなと思いつつ、かえって日頃の鬱憤を紛らわせるために飲み続けていました。
ビール、焼酎、日本酒、ワイン、ウイスキー、バーボン、老酒、マッコリなんでもござれ…毎日が酒の異種格闘技戦。ところがある朝、妻の弁当を作ろうと思った時に、足がフラつき、まともに立っていられないほど全身が痙攣してしまっていたのです。
「あれ、オレはどうしちゃったんだ?」
無邪気に遊ぶ3歳児の次男坊。妻の「大丈夫?」という声ははるかシルクロードのように遠いものでした。
(この項続く)=不定期連載=
丸野裕行(まるの・ひろゆき):ライター、脚本家、特殊犯罪アナリスト。1976年、京都市生まれ。フリーライターを生業としながら、求人広告制作会社のコピーライター、各企業の宣伝広告などを担当。ポータルサイト・ガジェット通信では連載を持ち、独自の視点の記事を執筆するほか、原作者として遠藤憲一主演の映画『木屋町DARUMA』を製作。文化人タレントとしてテレビなどにも度々出演している。