「本当に幸せでした。森昌子という歌手にはピリオドを打ちますが、これからは本名の森田昌子、いや森内昌子(森進一の本名の姓)として努力していきます」
1986 年8月24日、東京・東銀座の歌舞伎座で紙吹雪が舞い散る中、ファイナルコンサートを終え、芸能界を引退した森昌子。だが2001年、紅白歌合戦に出場。夫の進一に付き添われ、森は「越冬つばめ」などを披露して芸能活動を再開させた。だがこの復帰は、のちの大騒動のプロローグに過ぎなかった。
2005年2月2日昼前、テレビに「森昌子、薬物中毒で緊急入院」との速報テロップが映し出された。私も入院先の聖路加国際病院に急行。会見した外科医長によれば、
「更年期障害のホルモン剤を飲んだ後に気分が悪くなった、と本人から聞いたが、薬物反応は出なかった。原因は、脳貧血と不眠症」
同席した進一も、
「結婚当時から過呼吸や貧血で何度も倒れ、私も驚きました。薬物中毒とか、自死未遂ということではありません」
そう言って、ネガティブな報道を全否定したのだった。一方で、胃を洗浄したものの、本人が飲んでいた薬の種類、摂取量は聞いていないという。
東京消防庁に問い合わせ、「通報があったのは2月1日の19時27分。46歳の女性を搬送。薬物中毒の中等症」との証言を得た。むろん、救急隊は医師ではない。したがって、搬送先の病院から診断書をもらい、引き揚げる。つまり、そこには「薬物中毒」と記されていたわけだ。婦人科医に聞いても、ホルモン剤を飲んで卒倒することなどありえないという。これは何を意味するのだろうか。この騒動の翌月、森夫妻の別居が明らかになるのだ。
すると「週刊文春」が〈家庭に向かない仮面妻〉とのタイトルで、進一の親友という男性の告白を掲載。それは〈料理をしているところを見たことがない〉〈一日中寝ている〉のほか、肝炎を患って健康不安を抱える進一に対して〈私は面倒を見る気がない、と言った〉というものだった。
ところがほどなくして「週刊新潮」が〈森昌子「悪妻説」を流した森進一の親友は「夜逃げした詐欺師」だった!〉と報じ、親友の怪しい素性を暴露。「週刊文春」での発言は、離婚時の条件を有利にするための、進一側からの指示だったと報じ、離婚劇は場外乱闘へと発展していった。
すったもんだの末、2人が正式に離婚届を提出したのは3月28日。離婚の条件は、慰謝料なし。ただし、進一が月40万円の養育費を、子供が成人するまで昌子側に支払うというものだった。
渋谷区内にある夫妻の自宅を訪ねると、進一は不在。ガレージに並ぶ高級外車ベントレーとベンツの横には、19年間の結婚生活で愛用された品々が詰められたビニール袋が、ゴミとなって無造作に捨てられていた。
その後、昌子は2019年に芸能界を引退したが、くしくもあの緊急入院記者会見が、オシドリ夫婦と言われた2人の不仲を世間に知らめることになってしまったのである。
山川敦司(やまかわ・あつし):1962年生まれ。テレビ制作会社を経て「女性自身」記者に。その後「週刊女性」「女性セブン」記者を経てフリーランスに。芸能、事件、皇室等、これまで8000以上の記者会見を取材した。「東方神起の涙」「ユノの流儀」(共にイースト・プレス)「幸せのきずな」(リーブル出版)ほか、著書多数。