デジタル庁の河野太郎大臣が10月13日に発表した「現行の健康保険証の廃止」と「マイナンバーカードと健康保険証の一体化」。日本のITインフラの遅れは誰もが知っての通りで、医療現場のデジタル化そのものに反対する人はいないだろう。
都内クリニックで働く看護師が証言する。
「クリニック勤務経験がある人ならわかると思いますが、外国人患者の顔の見分けがつかないのをいいことに、どう考えても1枚の保険証を複数で使い回しているだろう、という笑い話がありますね」
紙やカード型の健康保険証には顔写真がないため、不正受給し放題の状態が長らく野放しになっていた。実害を被っているのは、毎月数万円の健康保険料を支払っている我々だ。
厚労省の元技官も、次のように話す。
「新型コロナ混乱の原因は2つあります。ひとつめは、デジタル化の遅れにあったといっていい。紙の書類がベースである上に煩雑で、役所と病院で患者の情報が共有されませんでした。このため、心臓や肺に持病があり保健所が入院手配を取らなければならなかった患者なのに、発生届を出した医師の記載漏れで入院手配ができなかったことがいくらでもあります。受け入れ先が見つからずに患者が重症化する『医療ミス』が続発しました。全症例届け出が廃止された今、行政と医療機関が患者情報を共有する医療のデジタル化は待ったなしです」
そこで問題となるのは「健康保険証と一体化されたマイナンバーカードを、いったい誰が管理するのか」ということだ。
新型コロナで全く使いものにならなかった「濃厚接触アプリ=COCOA」と「新型コロナ電子カルテHER-SYS(ハーシス)」。これらは不可解なことに「パーソル&テクノロジー」という人材派遣会社のグループ企業に、2年連続で受注委託されている。
「国民には全く周知されていませんが、新型コロナの関連事業は人材派遣企業パーソルとパソナの2社が、事実上の独占契約を結んでいました。COCOAとHER-SYSの開発はパーソルグループが、それらのアプリを用いた地方自治体の健康観察事業は、パソナグループに委託されていた。中でもパーソル&テクノロジー社との再委託契約は厚労省の内規違反にあたると、21年2月に新聞各紙と日経専門誌で報じられています。その後、同社は受注費の一部を国に返還しています。NTT出身でIT事業に詳しい千葉県の熊谷俊人知事はそのあたりを看破していて、千葉県は一般競争入札の結果、新型コロナ事業をパーソルとパソナ以外の事業者に委託しています」
先の厚労省元技官はそう話した上で、疑問を呈するのだ。
「降って湧いたような、このタイミングで『マイナンバーカードと健康保険証の一体化』『マイナンバーカードと運転免許証の一体化の前倒し』が出てくるのはおかしい」
「このタイミング」とは何か。厚労省元技官がさらに続ける。
「今年9月、新型コロナ関連事業で特定の企業に受注委託が集中していることに、競合他社から『独占禁止法違反ではないか』との指摘があったのです。またパーソルやパソナが囲い込むシステムエンジニアや保健師、看護師には、派遣法で定められた派遣期間の制限があり、両社が来年度、コロナ関連の同一事業で国や自治体と再々契約を結ぶことは、法制上も難しい。今年4月にはパーソル子会社が、9月末にはパソナ子会社が受注していた、国や自治体との委託契約が全部ないし一部終了になっている。マイナンバーカードの新たなシステム開発、運用先に再び両社が選定されるとなれば、新たな疑惑を生むことになります」
円安と様々な原材料費の高騰で、家計は火の車。人材派遣会社が「ピンハネ」してきた分を、実際にシステム開発に携わった孫請け、ひ孫請けのシステムエンジニアの給料に上乗せし、余分に搾られた社会保険料を保険者に還元することこそ、岸田内閣に求められている「生活支援」ではないのか。
(那須優子/医療ジャーナリスト)