口は禍の元と言われるが、ひとりの芸能人が行った謝罪会見での発言がその後、政界にも飛び火し、なんと当時の内閣官房長官と野党党首が辞任に追い込まれる大騒動に発展したことがある。それが、04年3月26日、東京・赤坂のホテルで行われた江角マキコの会見だった。
当時、江角は「納めないともらえない国民年金」「将来、泣いてもいいわけ?」とのキャッチフレーズで、社会保険庁の国民年金啓蒙CMに出演中。ところが自身の年金が未納だったことが発覚し、この日の謝罪会見となったのである。
グレーのパンツスーツで会見に臨んだ江角は、沈痛な表情で語り始めた。
「年金手帳を持っていたので、私自身は支払っていると思っていました。CMに出演させていただいていながら…大変ご迷惑をおかけしました。話を聞いて、ただただ驚いて。ですから、未加入の事実を知りながら出演していたわけではありません」
彼女は元実業団のバレーボール選手だが、芸能界入りする際、厚生年金から国民年金への切り替えを忘れたという。2年分の保険料が未納になっていたが、税理士がこれを確認せず、確定申告していたと説明。
とはいえ、社会的責任を問う声や「脱税では?」といった厳しい質問も飛び、同席した弁護士が「未納分は数日のうちに、きちんと手続きしたい」と助け船を出す場面がたびたびあった。
ところが、である。翌日、会見の模様が各局でオンエアされると「会見を見てアキレた」と言う政治家の面々が記者団の囲み取材で、好き勝手な持論を展開する。
「いやぁ、面白い話というか、深刻な話。ちょっと間が抜けた感じだねぇ。あえてそういう人を選んだのかなぁと」と福田康夫官房長官が言えば、民主党の菅直人代表も、「江角さんを(国会に)参考人招致し、社会保険庁の責任も含めて、事実関係を聞いた上でなければ(法案)を議論する意味がない!」。なんと、江角の参考人招致を求めたのである。
だが、そんな舌の根も乾かぬうち、今度は閣僚を含む政治家にも未加入や未納が、続々と明らかになる。しかも、彼女に厳しい言葉を放った福田、菅の両氏にも未納期間があることが発覚すると、2人仲良く辞任するというオチまでつくことに。
おかげで、江角の問題は尻切れトンボで終わり、その後、彼女は出産を経て本格的に女優復帰。しかし、12年末に起こった、世に言う「バカ息子落書き」事件後、所属事務所から独立する。17年1月には、芸能界引退をファックスで発表し、個人事務所も閉鎖された。
年金未納ドミノで関係者一同が総白旗降参するという、トホホなドタバタ劇だった。
(山川敦司)
1962年生まれ。テレビ制作会社を経て「女性自身」記者に。その後「週刊女性」「女性セブン」記者を経てフリーランスに。芸能、事件、皇室等、これまで8000以上の記者会見を取材した。「東方神起の涙」「ユノの流儀」(共にイースト・プレス)「幸せのきずな」(リーブル出版)ほか、著書多数。