ウクライナ戦争では、防衛省防衛研究所の研究者らがテレビや新聞の解説で活躍したが、最も脚光を浴びたのが、東京大学先端科学技術研究センターの専任講師・小泉悠氏だ。
その小泉氏が軍事評論家や漫画家、作家ら7人と戦争を縦横に語った対談集が「ウクライナ戦争の200日」(文春新書)。ロシアと軍事の二刀流の小泉氏が、カルチャー分野にも挑戦し、「三刀流」の底の深さを見せている。
芥川賞作家で元自衛官の砂川文次氏とのマニアックな戦争論は、対戦車ヘリ操縦士の気質からロシアの小説家・ドストエフスキーまで語り尽くす。
イタリアに詳しい漫画家のヤマザキマリ氏は「プーチンの権力構造にはイタリアのマフィア的な部分が多い」と分析する。「イタリアでは、組織はボスの下に幹部や構成員が集まるファミリーとなり、結社を組織する」と言う。
そういえば、プーチンはしばしば、側近や友人の子供の名付け親になり、「ゴッドファーザー」の役割をしていた。旧KGB(ソ連国家保安委員会)のスパイ仲間らと、トップを構成するプーチン政権も「マフィア的結社」を思わせる。
映画監督の片渕須直(かたぶちすなお)氏との対談では、映画「レッド・オクトーバーを追え!」(90年)で、開明派の艦長を妨害する保守派の政治将校の名が「プーチン」で、「プーチンを殺して初めて自由な世界へ飛び立つ」という現代性のあるネーミングであることが指摘される。
防衛研究所の高橋杉雄氏との対談では高橋氏の兵器の解説が興味深い。
「戦況のゲームチェンジャーとなった米国製高機動ミサイル、ハイマースの能力の高さは大谷翔平」
「ロシア軍戦車を次々に撃滅させた米国製対戦車ミサイル、ジャベリンは、ウクライナで救国のシンボルとなり、団地の壁に聖母マリアがジャベリンを抱く絵が描かれた」
「ドローン兵器はしょせんラジコンで、電波妨害が容易だが、今回はロシアの電子戦がなぜか有効に機能しなかった」などなど深刻な問題を語りながら、ユーモラスな評価が印象深い。
選評:名越健郎(なごし・けんろう)拓殖大学特任教授。53年岡山県生まれ。東京外国語大学ロシア語科卒業。時事通信社に入社。モスクワ支局長、ワシントン支局長、外信部長などを経て退職。拓殖大学海外事情研究所教授を経て現職。ロシア政治ウォッチャーの第一人者として活躍する。著書に「秘密資金の戦後政党史」(新潮社)、「独裁者プーチン」(文春新書)など。