3冊目は、元外務省主任分析官で作家・佐藤優氏の「プーチンの野望」(潮新書)。謎の多いプーチンの知られざるエピソードが満載だ。本書で佐藤氏は、「ウクライナ戦争は『プーチンの戦争』であり、プーチンが自ら決め、軍に命令した。だからこの戦争は、負けず嫌いで執念深いプーチンが排除されるまで続くかもしれない」と記す。
佐藤氏が外交官時代の1998年12月、モスクワに出張した時に初めて見たプーチンの描写が際立つ。
「夜の七時過ぎ、私がロシアの国会議員とプレジデントホテルのロビーで話していると、緊急灯を照らしたBMWが近づいてきた。ロシア人にしては小柄で、灰色の外套(がいとう)を来た人物が降りてきた。目の下に茶色い隈ができている。一瞬背筋に寒気が走った。見たことのない人物だ。その国会議員は『死神がやってきた』とつぶやき、『この前まで大統領府にいたウラジーミル・プーチンだ。今はFSB(ロシア連邦保安庁)長官だ』」
KGBを辞めたプーチンは、サンクトペテルブルク副市長を経て大統領府に転職し、持ち前の忠誠心で瞬く間に出世。KGBの後継機関、FSBのトップに上り詰めた。この2年後には大統領代行に就任する。
4冊目は、ウクライナ専門家、岡部芳彦・神戸学院大学教授の「本当のウクライナ」(ワニブックスPLUS新書)。
昭和の名横綱・大鵬の父はウクライナ人、プロ野球の三百勝投手、ヴィクトル・スタルヒンがウクライナ人であることは知られている。本書ではウクライナと日本の関係など意外な秘話が描かれる。
「北方領土には、独ソ戦の荒廃で移住してきたウクライナ人の末裔が多い」
「ボルシチはロシア料理ではなく、ウクライナ料理」
「農民作家の宮沢賢治は理想の農業が行われたウクライナに憧れの念を抱いた」
これを読むと、ウクライナ人は親日的で、日本とは古くから交流のあったことがわかる。
5冊目は、ロシア軍の侵攻直前まで駐ウクライナ大使を務めた倉井高志氏の「世界と日本を目覚めさせたウクライナの『覚悟』」(PHP研究所)。
外務省ロシアスクール出身で、長年対露外交に携わった著者は、「今回の軍事行動に至る判断の根本には、ロシアにおいて歴史的に形成された被害者意識と背中合わせの強固な防衛意識があり、それがロシアをして、攻撃的な行動を取らせる上で心理的なハードルを低くさせた」と分析する。
著者によれば、ウクライナはロシアについて、実体験に根差した深い見識を持ち、日本の安全保障を考える上で、ウクライナの知見は大いに役立つとしている。
中国、北朝鮮、ロシアという潜在的脅威の国と接する日本にとって、ウクライナの戦争は対岸の火事ではないということだ。
■「混迷するロシア・ウクライナ情勢本」ベスト5
「ウクライナ侵攻とロシア正教会 この攻防は宗教対立でもある」角茂樹・著/KAWADE夢新書/979円
「ウクライナ戦争の200日」小泉悠・著/文春新書/935円
「プーチンの野望」佐藤優・著/880円/潮新書
「本当のウクライナ 訪問35回以上、指導者たちと直接会ってわかったこと」岡部芳彦・著/913円/ワニブックスPLUS新書
「世界と日本を目覚めさせたウクライナの『覚悟』」倉井高志・著/1760円/PHP研究所
選評:名越健郎(なごし・けんろう)拓殖大学特任教授。53年岡山県生まれ。東京外国語大学ロシア語科卒業。時事通信社に入社。モスクワ支局長、ワシントン支局長、外信部長などを経て退職。拓殖大学海外事情研究所教授を経て現職。ロシア政治ウォッチャーの第一人者として活躍する。著書に「秘密資金の戦後政党史」(新潮社)、「独裁者プーチン」(文春新書)など。