「いや~あ、オラたちが住んでいる盛岡がぁ~、おしょうすいごと(恥ずかしい)」
ニューヨークタイムスの電子版が「今年行くべき世界の旅行先」に選んだ52カ所の都市の中で、なんと岩手県盛岡市が2位に選ばれた。1位はロンドンで、日本の都市の中では他に福岡市が19位となっている。
盛岡市で暮らしていた筆者は、さっそく盛岡市にいる知人に祝電を送った。冒頭のコメントはその50代知人の感想である。
「NYタイムスの記事が出てから盛岡は盆と正月が一緒にきたような大騒ぎで、大谷翔平のホームランよりも騒ぎになっているんですから」
知人は奥州市(旧水沢市)の出身で、岩手県民の希望の星となっている大谷と比較しながら語ってくれた。シーズンになれば大谷のホームランや勝ち星のニュースは県民最大の関心事であったが、そこにNYタイムスがあのような報道をしたのだから驚くやら嬉しいやらでむしろ戸惑っているのだという。
しかし、なぜ盛岡市なのか。確かに新幹線で東京から2時間で行けるという交通の便の良さはある。また、街がコンパクトで徒歩や自転車で簡単に周ることができる、ということも大きなメリットだろう。東北最大の都市である仙台市だと「大きすぎ」というデメリットがあるかもしれない。しかし、冬にも雪がほとんど積もることがなく、気温もそれほど低くならない仙台市と比べて、盛岡市は内陸気候のため東北の県庁所在地では最も寒い街として知られているし、青森市や山形市と並んで積雪も多い。
だが、盛岡市は自然と調和ができている街というのが、大きなメリットのような気がする。中心部には盛岡城址があり、緑が豊かであり、東は奥羽山脈、西は北上山地の山々に囲まれている。
明治の歌人・石川啄木は盛岡中学(現在は盛岡一高)の生徒だったころに、学校がお城の近くだったので(現在は移転)授業をサボって城址で遊んでいたらしい。そこで詠まれた歌が、
<不来方のお城の草に寝ころびて空に吸はれし15の心>
不来方(こずかた)は盛岡城の別名であり、この歌はテレビのCMで繰り返し流れていたので盛岡市民にはお馴染みだ。宮沢賢治も盛岡中学から盛岡高等農林学校へ進んでいるが、生まれ育ちは盛岡市の南の花巻市である。
市内には大河である北上川が流れ、西からは雫石川、そして東からは中津川が町の中心部を流れて、JR盛岡駅の南で合流している。JR盛岡駅から徒歩で10分もいかない北上川に架かる夕顔瀬橋からは、北上川の流れの向こうに南部片富士と呼ばれる岩手山の雄姿が見られる、最高の撮影スポットだ。
中津川は川幅わずか2~3メートル。春には小川のような川岸の草に腰を下ろして、水の流れやアユを釣る釣り人を見て楽しむことができる。
また、ここには秋になると、200キロも下流の宮城県石巻市からサケが遡上してくる。その様子を橋の上から眺めることができ、多くの市民が歓声を上げながら見物している。
約30万人の人口を抱える都市でありながら、そのすぐそばには昔から変わらない自然の姿がある。確かに一度は訪れてみる価値はあるかもしれない。