「どうやら福岡県警は、漁協組合長射殺事件を解決する気はないみたいですね」
全国紙社会部のベテランデスクの言葉にガッカリした。
「そうですか…」
「県警は工藤會トップの極刑を目指すのが目標でしたから、それが果たされたということで満足しているみたいです」
21年8月の福岡地裁判決で、工藤會の総裁・野村悟被告に死刑、ナンバー2の田上不美夫被告に無期懲役が下されると、日本中に衝撃が走った。実行犯でもなく、犯行を指示したという疑いであり、証拠が盤石というワケでもなく、控訴審がどうなるのか、まだまだ目が離せない。
福岡県警が容疑として取り上げたのが、98年の漁協組合長だった梶原国弘氏の射殺事件や、梶原氏の親族に対する襲撃事件、美容整形医院の女性看護師に対する暴行事件などであった。
「結局、工藤會の上層部が指示したということを立件しやすいものに限って裁判に上げたんです。それが県警・検察の作戦であって、未解決の事件に手をつけるつもりはないみたいです」(前出・社会部デスク)
2013年12月19日早朝、京都市内で「餃子の王将」の大東隆行社長が何者かによって射殺され大ニュースになったが、昨年になって工藤會組員が逮捕された。
大東社長射殺の約24時間後、北九州市若松区内の自宅前で、今度は北九州市漁協の上野忠弘組合長が射殺された。こちらはいまだ解決に至っていない。
「結局、県警は工藤會と漁協は癒着しているとみていたんです。響灘を埋め立てて工場を誘致するので、莫大なお金が落ちる。漁業権を持つ漁協にも大金が落ちるし、そこに工藤會が入り込みたい思惑があった…と。県警は漁協への取材を控えるよう要望していて、記者クラブもその慣例に従っている、というのが実情でした」(前出・社会部デスク)
そんな慣例を無視して、筆者は射殺された組合長への生前インタビューを試みた。当然ながら拒否されるかと思いきや、組合長室で会うことができたのである。
「記者クラブからは一切、取材申し込みはありません。県警がワシと会うのを止めているらしいですから」
上野組合長は目つきも鋭くなく、ふくよかな体型で、気さくで人がよさそうにニコニコ笑いながら、工藤會についても語ってくれた。
「ワシも銃で撃たれたことがあるし、親族らも狙われてなぁ」
冒頭で説明した、98年に銃殺された梶原組合長は、上野さんの実兄だ。
「埋め立て工事に参加させろって、脅しの電話が何本もきた。警察に連絡して片っ端から逮捕してもらったけど、いくら埋め立て工事に漁協は関係ないって言っても、工藤會の組員は聞く耳を持たないんや。工事は響灘開発という会社がやっていて、漁協が差配しているワケではないんですが、そんなことで納得するヤツらではないんでね」
1時間以上も、上野さんは丁寧に説明してくれた。
「ワシを狙っても何にもならないことが分かれば、狙わないでしょう。だから漁協は関係ないということを書いてほしいんで、取材を受けたんです」
しかし、その願いも虚しく、取材から2年近くが経ってから、射殺されてしまった。「餃子の王将」の社長を狙ったと思われる軽乗用車は、犯行後に高速道路を使って北九州市へ向かったことが、捜査で判明している。
昨年になって餃子の王将事件で、京都府警は容疑者を逮捕したものの、殺害の動機が希薄だと、多くのマスコミが指摘。裁判は難航するだろうとみられている。
「福岡県警はこの捜査にもほとんど興味を示しませんでした。一応、捜査協力はしたようですが、それはやはり工藤會上層部の極刑だけを目標にしていたからで、県警にすれば、餃子の王将事件は京都府警がやることで、ウチは関係ないという態度だったんです」(前出・社会部デスク)
工藤會とトラブルがあった漁協であるから、工藤會の関与が疑われるのは当然なのだろうが、漁協組合長射殺事件はいまだに解決されないままなのである。
(深山渓)