「チミね、今度の日曜日に来てくれないか」
「何があるんですか」
「支部長会議にオブザーバーとして出席してほしいんだ」
「しかし、ボクは極真の内部情報はほとんど知りませんけれど」
「そんなことは気にしなくていい。誰の発言が良かったとか悪かったとか、感想がほしいんだ」
直接、館長から頼まれたことを断るワケにはいかなかったが、部外者の私が大事な支部長会議に出席することは、多くの支部長たちを敵に回すようで、気が進まなかった。
全国の支部長が一堂に集まる支部長会議は、ピリピリした空気の中で始まった。手元には各支部の状況が、書類となって配られていた。新規入門者数や昇段試験の内容など、詳細なものである。
「なんで入門者数が少ないんだ」
甲高い声の館長から質問が飛ぶと、支部長が震える声で弁明をする、といった時間が過ぎていった。
「チミは努力をしているのか。宣伝はどうやっているんだ」
館長の指摘は的確であり、支部長たちは自分に指名がこないようビクビクしているように見えた。2時間近くの会議の終わりに、館長が運営のアドバイスをした。
「極真の人気は右肩上がりだけど、その人気に胡坐をかいていてはダメだ。黙っていれば入門してくると思ったら、大間違いなんだ。私が極真をここまで大きくできたのは運もあるし、努力もあったんだ。初めから人気があったワケではないよ。いいか。子供を大事にしなさい。子供が入ってくれば、その親が興味を持ってくれる。丁寧に親切に接すれば、口コミで入門希望者が増えてくるだろう」
館長のこの言葉は忘れられない名文句だと、今でも思う。会議が終わってから、館長に支部長会議の感想を言うと、ウンウンと頷いてくれた。
「どうだい、チミも支部長にならないか。体調が悪くて支部長が辞める地区が出るから、チミがやればいい」
「はあ? ボクは極真の稽古すらやっていないんですよ」
「そんなことを気にする必要はない。本部から有能な弟子を派遣させるから、稽古は弟子に任せて、運営をやってもらえばいいから」
「身に余る光栄な話ですが、ちょっと考えさせてもらえますか」
一瞬、支部長になるのも悪くないかな、という考えがよぎったのは事実であるが、自分自身が極真を学んでいないのが引っかかった。そしてワンマン体制の極真の未来を思うと、そんなにバラ色の将来が続くとは、どうしても思えなかった。
支部長就任の誘いを断って5年も経たない94年4月26日、大山倍達は死去してしまった。享年70。その後、極真はいくつもに分裂して今に至っているが、統一されるアテはない。
(深山渓)