スポーツ

「素顔のゴッドハンド」大山倍達との濃密な日々(2)館長室にいた「世界的映画スター」との会話

「チミ、ちょっと来ないか。今日は俳優が来るから」

 館長から電話が来たのは、1988年のことだった。

「俳優ですか」

「うん。来れば分かるから」

 意味も分からないまま、西池袋の極真会館へと向かった。近くのパーキングに車を止めて、いつものように2階の館長室へ向かうと、大柄な白人の男が一人でソファーに腰掛けて、館長と談笑していた。彼は30歳ぐらいで、身長は190センチほどのがっしりした体型だった。

「遅くなってすみません」

 約束の時間より2、3分遅刻したので、頭を下げた。

「彼はスウェーデン出身で、極真の大会で3位になっているんだよ。今回、日本には映画の宣伝で来ているけれど、挨拶をしたいって来てくれたんだ」

「ああ、そうなんですか。初めまして」

 お互いに自己紹介をしながら握手を交わしたが、彼の名前は聞き取れない。

「ドルフ・ラングレンくんといって、現在はオーストラリアに住んでいるんだ。空手も上手いし、頭も相当いいからね」

 館長がフォローしてくれた。

「どんな映画に出たの?」

 私は彼がペーペーの俳優なのだろうと、すっかり思い込んでいた。非常に謙虚で、館長を前に緊張しているのが伝わってくる。

「『ロッキー』のパート4です」

「はぁ?」

 こいつは何を言っているんだ。あの「ロッキー」に出たのか。冗談を言っているのかと、私はポカンとした。

「だって『ロッキー』といえば、シルベスター・スタローンが主役だろ。キミは何の役?」

「スターローンの相手役で、ロシア人役なんだ」

 笑うしかなかった。彼が出演しているのは「ロッキー4/炎の友情」で、その宣伝のために日本に来ていると説明する。それにしては新聞記者が誰も来ていないし、映画の配給会社の関係者すらいないのだから、鵜呑みにはできなかった。どうやら秘密裡にここにきたらしい。

「どこに泊まっているの? オレの車で送って行くから、ホテルはどこ?」

 先輩風を吹かせて彼に言った。

「帝国ホテルだけど、映画会社の車が送ってくれるから」

 館長室を出て一緒に外へ行くと、黒いリムジンが止まっていて、運転手が最敬礼をするではないか。あちゃあ、こりゃあ本物じゃないか。写真も撮らなかったし、サインも貰っていなかった。よくも「送っていくから」などと、恥ずかしげもなく言ったものだ。今でもそれを思い出すと、赤面してしまう。

 その後、日本で公開された映画は大ヒットし、ドルフ・ラングレンは日本中で知られる俳優となったのである。

(深山渓)

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