あの「押尾学事件」を覚えているだろうか。道端ジェシカ薬物逮捕のニュースで思い出すのが、同じくMDMAによる死を引き起こしたこの事件である。
2009年8月2日、六本木ヒルズの高層マンションで、若い女性の遺体が発見された。当初は身元不詳であったが、この部屋にいたのが俳優の押尾だったことが判明。麻布署に身柄を移され、事情聴取が始まった。このマンションの所有者は有名なアンダーウェアメーカーの女性社長だったために、亡くなったのはその女性社長ではないのか、との噂が飛び交った。
だが、死亡したのは、銀座の売れっ子ホステスだった源氏名「アゲハ」という女性。解剖の結果、合成薬物MDMAの使用により死亡に至ったとされたが、押尾は救急車も呼ばずに現場から立ち去ったことが明らかになり、世間の批判を浴びた。妻・矢田亜希子とは離婚し、所属事務所から解雇されたのである。
岐阜県と富山県との県境の街で生まれ育った「アゲハ」は、石川県小松市で結婚生活を送っていたが、離婚して東京でホステスに転身した。ベイブリッジが真正面に見える高層マンションで暮らし、東京生活を謳歌していたのだ。心優しく、よく気が付く性格で、客の評判も上々だったが、押尾たちと付き合うようになってから覚えた薬物遊びが、命を縮めることになってしまった。
「アゲハ」の遺体は岐阜県の自宅に帰っていった。ポツンポツンと家があるだけの、過疎地である。
「両親の悲しみは、見ていて辛かったです。田舎ですので、ホステスをしていたことや、亡くなり方が異常だったことがあって、家族にも非難の声が上がったのは可哀そうでした。押尾は苦しむ『アゲハ』を置いて去ったため、保護責任者遺棄致死が適用されると思っていましたが、裁判員裁判では保護責任者遺棄罪としかなりませんでした」(全国紙社会部記者)
押尾は2年6カ月の実刑判決を受けて服役し、賠償金として「アゲハ」の実家に100万円を送ったが、一緒に送った謝罪文と共に、受け取りを拒否された。
押尾の稼ぎからすれば、ひと桁以上少ないと思うのだが、受け取り拒否は「アゲハ」の両親の意地だったに違いない。
「両親は押尾に対して、損害賠償請求もしていないんです。『民事訴訟を起こすべきだ』という周囲の声もあったのですが、『これ以上、噂を立てられて、誹謗中傷されるのに耐えられない』として、そのままになっています」(前出・社会部記者)
押尾はいまだ、一度も「アゲハ」の墓には参っていない。「アゲハ」の両親が裁判を起こさなかったのは、決して押尾のことを許した温情ではないことを、肝に銘じるべきだろう。